2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト

« 上を向いて | トップページ | 地涌の菩薩 »

野仏

野仏
野仏
佐々井秀嶺師の相貌を例えて云うなら、野の仏、だ。
地蔵の如く微笑み、羅漢のように呵々大笑する。
あるいは不動もかくやという憤怒の形相を示しても、
どこか人なつっこい温かさが漂う。
だから紫衣や金襴袈裟は似合わない。名も無き民と
同じ菅笠、それが相応しい。
インドで活動を始めた三十代始めの頃は、眼光鋭く
野生に満ちて、その内面には燃え盛る煩悩を抱えた
青年僧侶の貌だった(『必生』第一章扉写真参照)。
「いつ頃から穏やかな顔になったんでしょうか?」
以前ある人から問われた。
おそらく数年前大病を患い体型が一変した辺りでは
ないかと思われるが〝脱皮〟を続ける佐々井師の
こと、凡俗の尺度で云々すべきではなかろう。

何より佐々井師の「超えている」点は、一億五千万人
ともいわれるインド仏教徒の大指導者となった今でも
決して民衆の目の高さを離れないことだ。
彼らから請われれば、ブッダやアンベードカル博士が
否定したはずの御祓いや祈祷さえ引き受ける。
「金も要らぬ、名も要らぬ、命も要らぬ」(『破天』)
若き日、ラージギルを出てナグプールを目指したとき
心に決めた〝佐々井秀嶺の三大誓願〟。
本当にその通り生きてきた。
しかし名利を求めて群がる妖怪はインドで名を成した
のち、また帰国した際にも、師の周囲に出没した。
それら哀れむべき世知弁の輩を、破顔一笑で一蹴し、
野の仏然として、もといた野へと帰って行った。

「私自身が庶民だからねえ、生まれついての」
そう言って佐々井師が笑った。

※写真上は2009年一時帰国の際新幹線ホームにて。
下はナグプール市内にある児童福祉施設にて。

« 上を向いて | トップページ | 地涌の菩薩 »

仏教・宗教全般」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/50887661

この記事へのトラックバック一覧です: 野仏:

« 上を向いて | トップページ | 地涌の菩薩 »