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地涌の菩薩

地涌の菩薩
地涌の菩薩
故山際素男先生はかつてインド仏教徒を指して、
「地涌の菩薩」
と呼んだ。妙法蓮華経従地涌出品第十五にちなんだ
命名である。曰く、
「仏陀が法華経を説きたまいしとき、娑婆世界の三千
大千国土がみな震動して裂け、その中から無量千万
億の菩薩と大士が同時に沸きいでた」
による。地の底に身を潜めていた者たちが、時を得て
日輪の下に姿を表わす。差別解放の暗喩、と取れなく
もなかろう。
実際、法華経には方便品第二に〝五千起座〟つまり
真の教えを授けられたのはマイノリティ、と読むことも
可能な一節や、提婆達多品第十二には〝龍女成仏〟
すなわち娑竭羅(しゃから=サーガラ。海、湖の意味。
『必生 闘う仏教』141頁参照)龍王の八歳になる娘が
菩提に至った、と記されている。
なによりナグプール(龍宮)近郊のマンセル遺跡には
大白蓮華をかたどった南天鉄塔がそびえている。
地下社会、マイノリティ、龍族(化外の民)、女性解放、
そして蓮華仏塔・・・。思わず想像を掻き立てられる。

アンベードカル博士によって20世紀半ばによみがえり、
佐々井秀嶺師によって大きく育ったインド仏教徒。
歴史なるものが必然性の連続だとしたら、経典の説く
ところは、その道筋を示したものかも知れない。

いったんは歴史の表舞台から姿を消したインド仏教が、
今、地涌の菩薩達と共に復活したのである。

※写真上は2009年佐々井師一時帰国の際、日蓮聖人
生誕の地:小湊誕生寺本堂前にて。
写真下はインド仏教徒の少女。現代の龍女。

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