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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2011年4月

南天の祈り(3)

南天の祈り(3)
南天の祈り(3)
東日本大震災物故者諸霊位の初月命日法要を終え、
佐々井秀嶺師は参拝者に語りかけた。
「如来無上等正覚、そして聖者アンベードカル菩薩に
帰依し奉る。さて皆さん、本日は急な呼び掛けにも関
わらずお集まり頂き、感謝申し上げます。
ご承知の通り先月日本では大地震があり、大津波に
よってたくさんの命が失われました。
皆さんの中には日本人と親しくお付き合いをしておら
れる方もいらっしゃるでしょうし、また私以外に日本人
を知らない方もいらっしゃるでしょう。
しかし、ブッダは『無縁の大悲』を説かれたのです。
血縁、社会を越えた、目に見えない心のつながりこそ
平和の基礎となることを、教えておられるのです。
今日は日本から、ぜひ皆さんにお礼を申し上げたい、
と僧侶が来ております。彼は、ヒンディー語がまだまだ
下手ですが、どうか聞いてやってください」
そして、拙にマイクが回された。

兄弟姉妹達よ、聞いて下さい。
3月11日、日本は大震災にみまわれました。
とてつもなく大きく、とてつもなく恐ろしい地震でした。
次いで巨大な津波が襲いかかり、これによって二万人
以上の方々が亡くなられ、日本国中が、深い悲しみに
打ちひしがれました。
地震の翌々日、私は、佐々井バンテー・ジーにお電話
申し上げました。バンテー・ジーは仰いました。
「インド仏教徒は連日インドーラ寺で日本人のために
祈っている」
私は、心の底から感激いたしました。
そして、そのことを日本の友人たちに伝えました。
多くの日本人が感激し、インド仏教徒の皆さんに感謝
致しております。本当にありがとうございました。
インド仏教徒と日本仏教徒は、ひとつの家族です。
仏法は、真実であり、灯明であり、人道です。
日本は負けません。必ず立ち直ります。
Jay Bhim(アンベードカル万歳)!
Jay Bhaarath(インド万歳)!
そしてもうひとつ、ご唱和願いたい言葉があります。
・・・ジャイ、ジャパン(日本万歳)!

本堂に「Jay Japan!」の唱和が三度こだました。

南天の祈り(2)

南天の祈り(2)
南天の祈り(2)
南天の祈り(2)
4月11日18時。南天龍宮インドーラ寺。
東日本大震災物故者諸霊位、初月命日法要。
パーリ語勤行の調声(お経の始め)は拙に任された。
地元インド僧と仏教徒の唱和に助けられ、お勤めを
開始。だが、無念無想にはなれなかった。
釈尊の国の民衆がいま、日本人のために祈ってくれ
ている。そう思うと感極まって、声が震えた。
無論、すべては佐々井秀嶺師のおちからである。
佐々井師は日本からの取材などに対し、時に豪胆な
語り口を展開するが、その内面はじつに繊細であり、
弱者に寄り添う気遣いに満ちている。
「近頃は葬式に行かない。死んだ者に何を云っても
通じないから」
説明するまでもないが、生きていくことの辛さ、思いを
通わせることの尊さを語っているのだ。
「私は虚無主義者だからな」
これもよく口にされる。だがそれは誰よりも“痛み”に
敏感であるゆえ、鋼の心たらんとする意志のこと。
そうでなければ、インド最下層民衆から絶大な支持を
得られるわけがない。
何事か真摯に取り組む者であるなら、挫折と失望の
繰り返しに、虚無感を抱いて当然だ。
それでも立ち上がってひるまぬ心。必生(ひっせい)。

お勤めの終盤、参拝者全員が御内陣へ上がり、直に
白木位牌を拝んでくれた。
とはいえ位牌という風習がないインド人には戸惑いも
あったようだが、亡くなった人達みんなの名前です、と
説明すると分かってくれた。

法要の最後、佐々井師がマイクの前に座した・・・。

南天の祈り(1)

南天の祈り(<br />
 1)
南天の祈り(<br />
 1)
南天の祈り(<br />
 1)
去る4月11日、インド仏教復興の中心地ナグプールは
インドーラ寺にて、佐々井秀嶺師のおはからいにより
東日本大震災物故者諸霊位の初月命日法要が勤め
られた。その模様を、三回に分けてご報告する。
11日朝、ナグプール空港へ迎えに来て下さった師に、
「今日は震災で亡くなった方々の初命日なんですよ」
そう申し上げると、老僧の慈眼が光り、
「うむ。よしっ、みんなに声をかけて法要をやるぞ!」
即決だった。一緒に迎えに来てくれた仏教会理事へ
指示を発し、理事は携帯で各方面へ連絡開始。
佐々井師が動くと、呑気なインド人が見違えるように
機敏になる。40年以上掛けて築き上げて来た信頼と
信仰の証であろう。
拙は今回、『東日本大震災物故者諸霊位』と記した
白木位牌を日本から持参した。
非力な自分が亡くなられた方々にして差し上げられる
ことは、大乗仏教発祥之地へ皆さまをお連れすること
しかないように思えたからだ。
そして、インド仏教徒一億五千万人の指導者:佐々井
秀嶺師にぜひともお引き合わせしたい、と。
あるいはこれを、
〝無意味だ。そんな暇があったら被災地へ行け〟
と批判なされる向きもあろうかと思う。それについては
あえて甘受する。

さて夕刻、インドーラ寺に仏教徒が参集し始めた・・・。

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