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南天の祈り(2)

南天の祈り(2)
南天の祈り(2)
南天の祈り(2)
4月11日18時。南天龍宮インドーラ寺。
東日本大震災物故者諸霊位、初月命日法要。
パーリ語勤行の調声(お経の始め)は拙に任された。
地元インド僧と仏教徒の唱和に助けられ、お勤めを
開始。だが、無念無想にはなれなかった。
釈尊の国の民衆がいま、日本人のために祈ってくれ
ている。そう思うと感極まって、声が震えた。
無論、すべては佐々井秀嶺師のおちからである。
佐々井師は日本からの取材などに対し、時に豪胆な
語り口を展開するが、その内面はじつに繊細であり、
弱者に寄り添う気遣いに満ちている。
「近頃は葬式に行かない。死んだ者に何を云っても
通じないから」
説明するまでもないが、生きていくことの辛さ、思いを
通わせることの尊さを語っているのだ。
「私は虚無主義者だからな」
これもよく口にされる。だがそれは誰よりも“痛み”に
敏感であるゆえ、鋼の心たらんとする意志のこと。
そうでなければ、インド最下層民衆から絶大な支持を
得られるわけがない。
何事か真摯に取り組む者であるなら、挫折と失望の
繰り返しに、虚無感を抱いて当然だ。
それでも立ち上がってひるまぬ心。必生(ひっせい)。

お勤めの終盤、参拝者全員が御内陣へ上がり、直に
白木位牌を拝んでくれた。
とはいえ位牌という風習がないインド人には戸惑いも
あったようだが、亡くなった人達みんなの名前です、と
説明すると分かってくれた。

法要の最後、佐々井師がマイクの前に座した・・・。

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