2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト

« 生誕祭(3) | トップページ | 生誕祭(5) »

生誕祭(4)

生誕祭(4)
生誕祭(4)
生誕祭(4)
刻一刻と、日付が変わる瞬間が近付いて来る。
行進は相変わらずなかなか動かない。
4月14日アンベードカル博士の生誕日まで残すところ
あと一時間を切った頃、佐々井秀嶺師が決断した。
「Chalo!Chalo!Jaldi!(行け、行け、急げ)」
青年部の実行委員が山車の前方を〝露払い〟して
進路を確保。DJ車両を追い越し、群衆は走って山車
のあとに続く。まさに強行突撃の状態となった。
ところで山車もDJ車両もその電源供給は後ろに牽引
した大八車に乗せた小型発電機に拠っている。
それが急加速のため、大八車は左右に大きく振られ、
あたかも龍が尾を振りながら突進していくかのごとき
光景が展開した。だが人々は慣れたもので、さらりと
身をかわしては全力疾走で追い駆けていく。
(実はこの時、拙は右足の親指を大八車に轢かれた
のだが、恐らく唯一の怪我人だったろう)

制限時間ぎりぎり、生誕記念公園に到着。
佐々井師が捧げ持った松明からアンベードカル像の
献灯台へと火が移される。法灯が光輝を放つ。
直後、日付が変わり、街中で花火が打ち上げられた。
「Bodhisattva Baba Saheb Dr.Ambedkar Ki Jay!」
(菩薩聖者アンベードカル博士に勝利あれ!)
民衆の雄叫びに大地が揺れた。
解放と復権・・・。 人としてこの世に生を受けながらも、
ただその血筋だけを理由に、人の間で生きる、つまり
人間として生きることを許されなかった最下層民衆の、
魂の底から沸きいでる歓喜と感動。
そして、彼ら元「不可触民」を励まし、時には叱咤して、
アンベードカル博士滅後に少数派として消えゆくもの
と思われたインド仏教徒を、ここまで育て上げたのは
日本人:佐々井秀嶺師なのである。
「つまらんこと言うな。育てられたのはこの私の方だ。
八木上人から〝托鉢するな飢えて死ね〟と言われた
私が生きて来られたのは、民衆のおかげなんだよ」
(『必生 闘う仏教』集英社新書参照)

前夜祭、無事終了。明日は早朝から生誕祭本番。
佐々井師はその夜、一睡もしなかった。

« 生誕祭(3) | トップページ | 生誕祭(5) »

仏教・宗教全般」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/51721348

この記事へのトラックバック一覧です: 生誕祭(4):

« 生誕祭(3) | トップページ | 生誕祭(5) »