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慰霊行脚(3)

慰霊行脚(3)
慰霊行脚(3)
慰霊行脚(3)
佐々井秀嶺師が供養に訪れた時、震災発生からはや
三ヶ月が経過していたが、復興とは名ばかりの状況で
あった。われわれ同行者の間から誰ともなく、
「まるで戦場じゃないか」
「昨日爆撃があったと言われても信じてしまう光景だ」
といった言葉が漏れ出た。何度も、何度も。
五階建てビルの屋上に放置された車。コンクリートの
防波堤にナイフのごとく舳先が切り込んだままの船舶。
海岸から遠く離れた田畑も潮と汚水で荒らされ、その
上に転がる夥しい数の漁船。原発事故のため避難を
余儀なくされ、無人となった町や村・・・。
道路脇に立てられた、見る人もない某政党の看板が、
指名手配の張り紙のように思えた。

佐々井師は、仮埋葬地でも読経された。
その時既に半数以上の御遺体が引き取られていたが、
家族を待つ御柱もまだまだ残されていた。
「土砂加持(どしゃかじ)をする。用意しなさい」
真言密教の供養法。佐々井師の目尻に、銀色に光る
ものが見えた。
管理係の方からバケツをお借りし、近くの土を集める。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はん
どま じんばら はらばりたや うん」
佐々井師が唱える光明真言に合わせ、埋葬されている
お一人お一人に土を撒いて、お清め申し上げた。
終了後、管理事務所に隣接した仮設の焼香所へ伺うと、
そこには真新しいランドセルが供えられていた。
たまらずに嗚咽する拙と、おとうと弟子ら。佐々井師は
まるで子供の頭を撫でるように、ランドセルに触れた。

被災地を仏月が照らす。
人間の営みは小さくとも、そこには命があったのであり、
そして今も生き続ける命が、確かにあるのだ。

必生のひと:佐々井秀嶺師は、虐げられた民衆が待つ
インドヘと帰って行った。
合掌。

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