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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2011年8月

龍宮に・・・

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今を去る二カ月前の6月11日、東京日本橋にて行なった
バンドウジロウ氏とのライヴ映像です。


http://youtu.be/bKi-2WCZ31k

はからずも東日本大震災物故者諸霊位三ヶ月めの命日
ということで、音楽法要の念いも込めました。
このファイルの楽曲は『WASAN(正像末和讃)』。親鸞が
書いた仏教詩です。内容は、末法思想に基づき、人間の
弱さや醜さ、あるいは儚さを訴えています。
また驚くべきことに、これら和讃の冒頭二首で親鸞は、
「仏教は龍宮に・・・」
と記しており、まるでナグプール(龍宮)の佐々井秀嶺師
を予言したかのようにも書かれています。
ライヴでは真宗大谷派の同朋奉讃式を基に、オクターヴ
唱法を用い、バンドウ氏のギターに支えられて、イスラム
音楽風のリズムと融合させました。
宗教対立が世界を滅ぼしかねない時代へのメッセージと
理解していただければ幸いです。
ご参考までに、冒頭二首の原文を以下に紹介します。

***********************************************

  末法五濁の有情の 行証かなわぬ時なれば
     釈迦の遺法ことごとく 龍宮に入りたまいにき

  正像末の三時には 弥陀の本願ひろまれり
    像季末法のこの世には 諸善 龍宮に入りたもう

***********************************************

この他に、真宗声明『伽陀(かだ)』とギターのバトル曲
http://youtu.be/rSOds_dOPmM

パーリ語『三帰依五戒文』のプログレ化
http://youtu.be/wsvjV_YaVoI

オリジナルのブルース・ロック『Cry for the light』
http://youtu.be/ds5rcJ8Wlwk

思えば、拙はこのライヴ終了後、慰霊行脚のために緊急
帰国した佐々井秀嶺師のお供で岩手、宮城、福島各県の
被災地へ伺いました。
奇しき縁(えにし)を感じずにはいられません。合掌。

そして、拙は来週から十日間、佐々井師のいる南天龍宮
ナグプールへ参ります。

白い糸

白い糸
過日、関東地方某所で暮らすインド仏教徒宅にて法要を
勤めた。
こちらとしては、佐々井秀嶺師が東日本大震災物故者の
慰霊のため緊急来日したことを、彼らにさえも秘していた
不義理を詫びるつもりだったが、みな快く了解してくれた。
「バンテー・ジー(佐々井上人)らしいですよ」
「ワイルトだけど、シャイなのよね」
彼らインドの仏教徒にとって佐々井師は、指導者であると
同時に、父でもある。深い〝情〟でつながっているのだ。
実際、生まれたとき佐々井師から命名してもらった者も少
なくないし、あるいは直々に法名を授かっている。

大震災のあと、原発事故による放射能漏洩を逃れ、一時
インドへ帰っていた者もいた。
そのため今年五月の『BUDDHA PHOORNIMA(仏誕祭)』
を日本ではまだ勤めていない、というのが彼らにとって気
掛かりだったようだ。
「今日は〝ダガー〟をお願いします」
それは、僧侶がパーリ語の経文を唱えながら三回、白い
木綿の糸を信者の右手首に巻き付ける儀式。
白は清廉な心を、木綿は質素な暮らしを、三は仏法僧の
三宝を、それぞれ意味する。いうなれば、インド仏教徒の
ミサンガのようなものである。
香を焚き、ロウソクを灯して仏誕祭のお経をあげたあと、
ひとりひとりの腕に糸を巻いた。
さて恥ずかしながら白状するが、とにかく感情移入し易い
タチなので、彼らの腕を見ながら彼らが先祖代々受けて
きた差別の痛みに思いを致し、何度も視界が濡れた。

やがて、時間の経過と共に、聞きつけた仏教徒が次々と
現れ、アパートの一室に二十人以上詰め込まれる騒ぎに
なってしまった。こうなるともはや、カレーの匂いで満ちた
サウナ状態である。
「バンテー・ジーがお祈りしてる写真を見せてください」
その家のPCを立ち上げ、被災地で読経する佐々井師の
姿を彼らに紹介する。
みな一斉に、画面に向かって手を合わせた。
「いつもこうですよバンテー・ジーは」
インドにおいても、じかに地面にすわり
、虐げられた民衆と
同じ目の高さで語り、祈り、手を携えて立ち上がる。

夜も更けた頃、彼らに見送られながら、白い糸が日本にも
つながっていることを確信した。

(※ 写真は六月、津波被災地で読経する佐々井秀嶺師。
後方に同行取材中の写真家:山本宗補氏)

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