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南天の白蓮(4)

南天の白蓮(4)
南天の白蓮(4)
南天の白蓮(4)
8月30日、東日本大震災物故者慰霊碑の開眼供養。
例年ならばこの日は、佐々井秀嶺師の誕生日であり、
インド民衆によって盛大な祝典が開かれる。
その模様は地元メディアがこぞって報道し、新聞社は
号外を出すほどである。だが、
「今年はとても祝ってもらう気にはなれんよ」
と、河野太通老師の御訪印、並びに民衆が集結する
例年行事を無上の法縁とし、慰霊碑の除幕開眼式を
執り行なうことにした佐々井師。
全日本仏教会長とインド仏教の指導者。この両師は
奇しくも、今年6月のなかば、まったく同じ時期に東北
地方の被災地にいた。
河野老師は全日本仏教会長として、大震災物故者の
百箇日法要を御直修。佐々井師は、ごく近しい者だけ
に告げて緊急来日し、岩手・宮城・福島の三県を慰霊
行脚したのである(当ブログにて既報)。

慰霊碑に香華を供える両師。
まずは河野老師のお導きにより同行の日本仏教僧侶
による開眼供養。般若心経、そして四弘誓願。
「衆生無辺誓願度・・・」
二万数千人にのぼる、まさに無辺の尊い生命が奪わ
れた大震災。河野老師の御読経は、声を張ることなく、
静かに、しかし太く、インドの天地に響き渡った。

続いて、佐々井師とインド仏教僧侶による読経。
黒を基調とした日本式の法衣姿に代わり、糞掃衣の
比丘たちが、パーリ語でお経をあげる。
すると参拝していた仏教徒らが一斉に声を合わせて
お祈りを始めた。
彼らにとって〝JAPAN〟は、佐々井秀嶺師を生んで
くれた国。また同じ仏教の国。その日本で多くの方が
亡くなられた。だから、祈る。
民衆に理屈は要らない。〝情〟で本質に直参する。

かつて釈尊が、あるいは龍樹が呼吸したと同じインド
の大気に包まれて、慰霊碑は建っている。

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