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南天の白蓮(6)

南天の白蓮(6)
南天の白蓮(6)
南天の白蓮(6)
8月31日午後。河野老師御一行はナグプール市内にある
改宗記念広場(Diksha Bhoomi)へ。
巨大ストゥーパの中にはアンベードカル博士の御真骨が
祀られている。この建物一つを例にしても、インド仏教徒
の篤い信仰と彼らを牽引する佐々井師の指導力がどれ
ほどのものか判るだろう。
入館に際しては、金属探知機ゲートの通過が義務付けら
れており、今もって、反仏教・反アンベードカル・反佐々井
陣営から標的にされていることも事実だ。『闘う仏教』とは
口先だけのスローガンではないのである。

平素、堂内は撮影禁止なのだが、今回だけは特別。
全日本仏教会長を御案内し、佐々井師が建立の由来を
説明する。堂の中央には御真骨を納めたストゥーパ型の
舎利容器がアクリル製ドームに守られて鎮座している。
「ここで1956年10月14日アンベードカル博士が仏教改宗
と復興を宣言したにも関わらず、博士の死後ナグプール
には遺骨が祀られてなかったんです。しかし、やはり中心
となるものがないと人々は団結しにくい。そこで御遺族に
お願いし、分骨していただいたんです」

団結しにくい・・・。カースト制度で横に分断された、インド
社会の宿痾ともいうべき側面である。
それぞれが所属するカースト内部では団結らしき動きを
見せることもあるが、基本的に個人主義だ。上の階級と
揉めごとを起こさずに、とりあえずなんとなく上手くやって
いこうする。そんな国柄と民族性の中で、圧倒的多数派
たるヒンドゥー教と決別し、『人間平等』を説く仏教を復興
せしめんとしたアンベードカル博士の功績は、仏教徒が
彼に冠した称号、
「Bodhisattva Baba Saheb(菩薩聖者)」
に相応しいものである。
また、いざというときに団結する日本民族として生を受け、
幼少期には戦時中の〝挙国一致〟思想を叩き込まれて
育った佐々井師が、この地でどれほどの御苦労をなされ
たかは、凡百の想像をはるかに超えるものだったろう。

仏教復興・人間解放の大先達、菩薩聖者アンベードカル
博士の御真骨を礼拝する全日本仏教会長。
河野老師の読経が、低く静かに、堂内にこだました。

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