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次の100年

先週末、千葉県の松戸市立博物館にて開催中の、
『松戸の美術100年史』

Mastudonobijutsu100nenshi
http://www.city.matsudo.chiba.jp/m_muse/exhibition.html
を拝観に行った。
普段、アート方面とは縁遠い乱暴者の拙ではあるが、
なにせ季節は芸術の秋、また友人が作品を出展して
いることもあり、微妙な場違い感を懐きつつも出掛け
ていった。今にして思えばスケッチ・ブックの一冊でも
小脇に抱え、渋くベレー帽とか被っていけば良かった
のではないか、と悔やんでたりする。


冗談はさておき、松戸は十五代将軍徳川慶喜の弟で
最期の水戸藩主となった徳川昭武が住んだところ。
慶喜がカメラ好きだったことはつとに知られているが、
昭武も当時の松戸の風景を多く写真に納めた。
私感ながら、彼ら兄弟が権力の座を負われ写真三昧
に明け暮れた日々へ思いを馳せる時、貴人流離譚の
趣もあってか、切なさを禁じえない。それまでは民衆を
虐げる側にいた彼らにとって、はじめて触れた民衆の
タフネスさは、驚異だったのではないか。その時、生ま
れて初めて「生きることのリアリティー」を感じたのでは
ないか、などと空想してしまう。
写真が「光を切り取ること」だとすれば、昭武が松戸で
切り取りたかった光とは、眼前に広がる現実そのもの
だったはずだ。城の高楼から見下ろした風景ではなく、
360度おのれを取り囲む、リアル。


また、松戸近郊にはかつて縄文時代の遺跡が存在し、
見事な意匠の土器が発掘されている。
「ちぇっ、なんかこのアサリ、身がちっせえなあ」
と、縄文人が日常に投げ捨てた貝殻が、貝塚となって
いにしえの息吹を現代に伝える。


さて、現代のリアル。福島第一原発の事故で千葉県の
各所にはホットスポットがある。
現代の権力者達は徳川昭武ほどのリアリティーもなく、
それどころか、貝塚ならぬ〝核塚〟を末代まで残そう
としている。
はたして次の100年史は・・・、との思いがよぎった。

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