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年賀欠礼

年賀欠礼
12月半ばの某日、わが老親が往生の素懐を遂げた。
二年間に及ぶ介護問題当事者としての経験は、多くの
ことを学ばせてくれた。
とはいえそれは終止符が打たれた今だからこそ言える
のであって、思い起こせば約一年半が経過した今年の
晩夏頃にはストレスがピークに達していた。
一秒でも長く生きてほしい、という“白い心”と、一秒でも
長く生きられたらこちらが辛い、という“黒い心”。
気取って言うなら、悪魔との対話の日々、であった。
境遇を同じくする友人に、こんなセリフを口走ったことが
ある。彼は、子育ての真っ最中でもあった。
「親の介護ってさ、こうやって自分も育ててもらったんだ
と思えば、仕方ないよね」
いかにも坊主が語りそうな美談モドキ。彼は答えた。
「違うよ。子育てには自立させるってゴールがある。でも
介護のゴールは、回復しなければ悲しいだけだ」
拙はおのれの欺瞞を羞じた。

文章を書く楽しさも音楽表現の喜びも、すべてはこの親
から教えられた。
小学校のとき県の作文コンクールに拙の詩が入選した。
親はその関連記事が掲載された地方紙を仏壇に供えて
先祖へ報告した。考えてみれば、そういった子供時代の
素朴な信仰生活が、仏との出会いでもあったわけだ。
近所の菓子屋で万引きしたことがバレ、泣きながら叱る
親は、仏壇の線香で、拙の“親指”に灸を据えた。
それが無上の<宗教教育>だったことに気付いたのは
ずっと後、坊主になってからだ。
中学に入り、当時流行していたフォークに夢中になって、
廉価のギター(フレットを押されると指がはさまるほどの
弦高)を買ってくれとせがんだ。
その頃は父が失業中であったが、苦しい家計の中から
わがままな願いを叶えてくれた。
弾き語りの練習でがなり立て、ご近所に迷惑をかけては
親が詫びて回った。そのお蔭で、強靱な声帯が出来た。
それが坊主になってから声明(しょうみょう)に生かされる
ことになろうとは、じつに不思議な巡り合わせである。

佐々井秀嶺師著『必生 闘う仏教』(集英社新書)は親が
まだ文字を読める状態の時に刊行できた。
今後、再開した音楽活動は、仏前に供えることとしたい。

以上 年賀欠礼の御挨拶に代えて。

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コメント

ご無沙汰しています。
小生の父親が他界したのが、平成20年の12月。生前は飲んだくれで、家でも外でも暴れて警察のご厄介になったこともあります。
母の後姿がいつも寂しそうで、ずっと父が許せなかった。ただ娘が産まれてからは、優しい「じいじ」に変貌。娘の前では、「じいじ」の悪いことは、一切語らないようにしています。
母に以前「楽な生活させられなくてごめん」と話したら、「楽な生活なんて退屈。そんなこと期待していないよ」と。親はありがたいですね。

hide様
こちらこそ御無沙汰しております。
官庁御用始めの今日から、各種の継承・名義変更等の手続きを開始しました。
取り寄せた戸籍謄本を見て、改めて親の歩みをまざまざと知り、自分は一体何をしてきたんだろう、との思いに駆られました。老親は、薄れゆく意識の中でも最後まで親として拙のことを心配してくれている様子でした。
「俺はもう大丈夫だから。素晴らしい仲間たちが支えてくれてるから」
と言うと、焦点の合わない半開きの目の奥で、(それじゃあちゃんと御挨拶しとかなきゃねえ)。そう言っているようにも見えました。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

こんにちは。ツイッターのyukim0です。

お父様でしょうか?お母様でしょうか?
このたびはご愁傷様でした。
ご冥福をお祈りいたします。

私は認知症の母の介護をしています。
白い心、黒い心を読んでいて涙があふれました・・・。

その葛藤は介護生活2年を過ぎても 今でも感じます。
私が無条件に自分や人を愛せるようになる課題を
与えていただいているのかなと思って白い心の時は
考えています^^;

介護ご卒業ですね。
お疲れさまでした。。。

親って本当にありがたい存在ですね。。。
コメントだぶってますね(笑)。でもこころから
出てきた言葉なので、あえて書きます。

おおにしゆみこ様
丁重な御弔意、ありがたく存じます。亡くなったのは拙の母です。
介護の辛さは体験した者でないと分かりませんよね。それまで自分が経験してきた事とはまったく違い、その日から人生が一変してしまいます。
グチっていいんですよ。ボヤいていい。それだけ大変なことなんですから。
介護問題をきっかけに離れていく者もいるでしょう。拙の場合「車椅子って楽だろうな、乗ってみたい」と言い捨てた者がいました。その人物は「俺は痛みを感じない」と豪傑を気取るような輩でした。拙は、一切の関係を絶ちました。
逆に、本当に親身になってくれる人も必ず現れます。介護はそれぞれ人間の本性を教えてくれる機会でもあります。白い心・黒い心は、自分の中だけではなく、相手の中にもあるのですから。
柔らかいものは、壊れにくい。壊れまいと頑張ってしまうと、硬くなって、かえって脆くなる。だから、柔らかく、グチッぽく、ボヤきながら、ゆっくりね。(^^)

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