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軍荼利


上の写真は東寺蔵『軍荼利明王像』。
ヨーガ思想に説く、人間の尾てい骨あたりにトグロを
巻く龍蛇体のエネルギー:クンダリニーを尊格化した
ものだ。梵語で「螺旋状の」を意味する“kundalin”の
女性形であり、根源的な生命力のイメージといえる。
それは本質的に善でも悪でもない。長い年月を掛け
修行によって昇華させれば、悟りのちからとなる。
だが、いわゆる煩悩と同じものであるため、すぐれた
指導者のもとで、正しい行を積まねばならない。
すなわち、みだりに手を出してはいけないエネルギー
なのである。

或る現代アートの表現者が今年の干支「龍」をテーマ
にした展覧会で、核エネルギーを龍にたとえた彫刻を
発表していた。拙はその炯眼に感服した。
いにしえの人々は天地自然の猛威、人智を超越した
御し難いちからを指して、龍と呼んだのだ。
現代でいえば、まさに核エネルギーがそれである。
クリダリニーに譬えるなら、知識に奢った人間が勝手
な自己流でいじくった龍蛇が、核なのだ。
原発事故以前に喧伝されていた「オール電化」とは、
いうなればオール煩悩化の別名に過ぎなかった。
その結果、核龍は牙を剥いた。

ひとには「学び」のちからがある。
古代人は経験知から利用すべきものと手出しすべき
でない存在を分けた。
それを迷信と笑う者もいよう。確かに、権威と因習に
根差した迷信は、排さねば救われない。
だが本能的直感が「あれはダメ!」と叫ぶ時、多くの
場合、当たっているのではないか。命を危険にさらす
存在など理屈抜きにダメ、なのだ。
どんな理屈が言えるのも生きているからこそであり、
とにかく、自他共に生きる・生かすことが第一である。
核龍から手を引け。そして今後、手を出すな。
それがいま学ばなければならないことの全てであり、
本能の叫びであるはずだ。

「仏陀は平和の使徒である。まず原子力発電所を止
めなければならない。地下に眠った多くの人たちに対
する本当の回向は、政府が原発を廃止すること」
昨年の六月、被災地慰霊行脚のために緊急帰国した
佐々井秀嶺師は、福島の地で大喝した。
師のインド名=アーリア・ナーガールジュナ。
ナーガは「龍」である。

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