2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト

« いのち宿りて | トップページ | 必ず生きて »

敵は誰そ

敵は誰そ
写真は昨年4月インド中南部ナグプールにて開催
されたアンベードカル博士生誕祭の一コマ。
博士の像の前で拳を振り上げ民衆を鼓舞している
のは、現代インド仏教の指導者:佐々井秀嶺師。
アンベードカル(B.R.Ambedkar)博士は1891年インド
最下層階級の「不可触民」として生を享け、幾多の
迫害と困難をはね除けて学位を取得、祖国独立に
際しては初代法務大臣に任ぜられ、憲法を起草。
インド社会の宿痾といえるカースト差別を全面的に
禁じた人間解放の大先達である。
そして博士の急逝後、飄然とインドの大地に現れた
日本人こそ、若き日の佐々井秀嶺師であった。
佐々井師は博士の遺志を継ぎ、インド最下層民衆
をヒンドゥー教徒から仏教徒へと改宗させることで、
平等社会の実現を目指している。
(詳しくは集英社新書『必生 闘う仏教』参照)

カースト制度の厄介な点は同一階級内部における
“同調圧力”だ。
「周りと違うことをするな」
「もうしょうがないじゃないか」
「みんながそれを受け入れているのだから抜け駆け
のような真似はするな」
つまり、あきらめろ黙って死ね、というわけだ。
このことを思うとき、拙は、日本社会に隠然と巣喰う
同調圧力について想起してしまう。特に、原発事故
後の放射能問題に関しては。
・・・果たして本当にしょうがないのだろうか?
昨年3月11日、立っているのもやっとな大揺れの中、
もたらされた津波の惨状、次いで(海外メディアを通
じて)知らされた、福島第一原発の水素爆発。
連日の余震。これら実体験に根差す不安が一年も
続けば、打ちひしがれ、心が疲れ切ってしまうのは
当然だろう。だが放射能は、未来に影響する。

インドの仏教改宗運動において、もっとも避けねば
ならないのは、民衆同士のいがみ合いだ。
改宗した者もしくは将来にその決意がある者たちと、
ヒンドゥー教徒で居続けようとする派の対立。
相互が「無知」「異常」と罵り合えば、それで得をする
のは支配者階級だけである。
しかし、佐々井秀嶺師の指導もあって、仏教に改宗
した人々は、まだそうでない同胞を慈悲の目で見つ
めている。誰が本当の敵か、知っているからだ。

このことは、日本の放射能問題に関しても言えるの
ではないだろうか。
今は「派」に分かれている場合ではないのだ。

« いのち宿りて | トップページ | 必ず生きて »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

20年近く前になりますが、インドに長期行ったことがあり、状況の悲惨さを知っているものです。佐々井秀嶺様、頑張っていらっしゃいますね。破天、必生、読ませて頂きました。ご寄付の窓口などはやっていらっしゃいますか?日本にそのようなところがあればいいのですが。。。

>なな様
はじめまして。ご高覧賜り厚く感謝申し上げます。
現場の実情をご存知の方のお言葉、何よりもありがたく存じます。
さて、佐々井師及びインド仏教復興運動への支援・寄付についてですが、日本人とインド人の感覚(金銭・恩義など)の違い、中間に立つ団体組織の透明性などへの懸念から、公式な窓口は設置されておりません。個々が各自に寄付して頂いているのが現状です。今後もしお志しがございましたら何らかの手段で佐々井師に直接お渡しする方向もございます。
また、2010年に集英社新書から発売された『必生 闘う仏教』の印税はすべてインド仏教会の口座へ振り込まれますので、そういった形でご支援頂けたらば、とも思います。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。合掌。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/53947659

この記事へのトラックバック一覧です: 敵は誰そ:

« いのち宿りて | トップページ | 必ず生きて »