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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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インドから東北へ(3)

インドから東北へ(3)
インドから東北へ(3)
インドから東北へ(3)
インド仏誕祭の夜、東日本大震災犠牲者追弔法要。
読経に先立ち、参集した人々に佐々井秀嶺師から
ご自身が昨年6月東北三県の被災地で目の当たり
にした惨状について、ご説明があった。
数多の尊い命と日々の暮らしが一瞬にして奪われ、
生き延びた人たちは今も不自由な生活を強いられ
ている。しかも、その後の報道によれば、一部には
差別問題すら起きている日本の現実・・・。
佐々井師は時に声を荒げ、時には詰まらせながら、
全霊を込めて語った。
話が“差別”に及んだ際、インド民衆の間に義憤の
どよめきが上がった。
数千年の長きに渡って、謂われない差別に曝され
てきた彼らは、その「痛みを知る者」である。
他者と痛みを共有する心。これこそブッダが説いた
『慈悲』なのだ。

「私はインド国籍だからな。あんたがまず日本式の
お勤めをやるんだ。そのあと私らインドの坊さんが
パーリ語のお経をあげるから」
突然の師命。
緊張と、宵の口といえど35℃を越す猛暑も手伝い、
水をかぶったように汗が流れ出す。しかし、辞退を
する理由もない。日本人として、全力でやるだけだ。
以前、佐々井師が仰ったことを思い出す。
「なに宗だろうと、どんな唱え言だろうと、心の中に
響いてる音は同じ仏の声だと思う。違って響いてる
ようじゃ、なんだか情けないよなあ」

インド僧の読経が始まると、集まった民衆が期せず
して一斉に唱和した。
大人たちのお経に混じり、子供の甲高い声も聞こえ
てくる。先程の佐々井師の説明に、
「ジャーパーン、バホット・ドゥール・ヘ」
(日本はとても遠い)
とあったのを、子供なりに考えて、声を張ってくれた
のだろう。仏の子には、国境も、宗派も、関係ない。

インド。マハーラーシュトラ州ナグプール市の郊外、
大乗仏教発祥之地マンセル遺跡。
お釈迦様がお生まれになった記念祭の同日夜。
東日本大震災で亡くなられた方を弔う天竺びとの
祈りが、夜空に舞った。

【写真上】仏教徒民衆に東北被災地の説明をする
佐々井秀嶺師。
【中】追弔法要、読経の様子。
【下】慰霊碑前の蝋燭が宵闇に光輝を放つ。

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