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インドから東北へ(2)

インドから東北へ(2)
インドから東北へ(2)
インドから東北へ(2)
5月6日。インド『Buddha Jayanti(仏誕祭)』のその日、
佐々井秀嶺師は早朝から精力的に各所を巡り、釈尊
御降誕を記念する行事を勤めた。
十三世紀の始めにインド史の表舞台から姿を消した
仏教は、1956年、アンベードカル博士によって復活を
遂げた。その後日本から来た佐々井秀嶺師の“必生”
の努力より、今や仏教は、インド社会を底辺から変革
しようとしている。

さて、この時期インドは酷暑のさなかにある。
特にナグプールは、全インド中でもっとも暑く、日中の
最高気温が45℃を越える。
そのような土地に根を張って半世紀近く、佐々井師は
常に最下層民衆と泣き笑いを共にして生きてきた。
とはいえ、今や77歳の老躯は、病や怪我で満身創痍。
にも関わらず師を駆り立てるものは一体何なのか?
「義を見てせざるは勇なき也、ってとこかな」
そう言って呵々大笑し、飄然と南天竺の大地を歩む。

日没過ぎ。佐々井師、東日本大震災慰霊碑に到着。
待ち受けた人々の間を縫って一瞬の休憩も取らずに
慰霊碑前へ進む。
「すまんな、もっと早く着きたかったんだが」
なにごとも緩慢なインド、ましてや仏誕祭の多忙な中、
いかに佐々井師がご苦労なされたか分かる。
「準備はいいか?すぐに始めるぞ」

若きインド僧が慰霊碑に灯明を捧げ、はるか天竺より
日本の東北被災地に向けて、大震災犠牲者追弔法要
が開始された。

【写真上】仏誕祭で導師を勤める佐々井秀嶺師。
【中】慰霊碑前に到着した佐々井師。向かって左斜め
後方には民衆と共に出迎えた拙の姿も。
【下】蝋燭と線香に火を点ける青年僧Pragya-Nand。

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コメント

佐々井師の日本を憂うお気持ちに感謝します。
そして日本のために祈ってくれたインドのみなさん、本当にありがとうございます。
テレビではレディ・ガガがコンサートで日本にエールを送った話で盛り上がってますが、たしかにいっぱいお金を集めてくれて感謝ですが、名もなき人々の祈りも、日本の人々に届いてほしいものです。

最近の日本は原発事故などまるで「なかったことに」されそうな空気ですね。
食材を選ぶとき、毎度放射性物質のことが頭をよぎります。忌々しい原発事故め。
気味の悪い話ですが、あの事故の一ヶ月ほど前、唐突に海辺の原発の間近まで行った夢を見たのです。
じっとりした恐怖感が全身を包んだ、なんとも気分の悪い目覚めでした。
その後、実際に事故は起きました。

自宅では相変わらず節電モードです。
慣れてしまえばどうってことありません。
私はいわゆる左巻きではありませんが、原発はもうこりごりです。
原発事故の被災地は復興などしたくてもできません。
放射能は消えないのですから...

>HIROMI様
レディー・ガガといえTwitterでも人気ですが、以前拙は「我執を捨てよ!」と説きながら“我”宗の虜になってるヒトのことを、『我我(ガガ)様』とツイートして結構ウケたことがあります。(*^▽^*)

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