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止まった時計

止まった時計
写真は、現在宿泊施設として利用されている東北
山間の小学校。玄関の大時計は昨年震災発生の
時刻、14時46分で止まったままだ。

拙の住まう首都圏で復興支援の話をすると、
「え?もう大丈夫なんじゃないの?」
といった反応に多く出くわす。
大手メディアが(恐らく政治的理由か)あたかも既に
復興は成ったかのような印象誘導をしているせい
であろう。例えば、某局朝の番組では、犬を連れた
歌手が“笑顔を届ける”と称し東北地方へも旅して
いるが、被災地の現状はまったく映されない。
そもそもこの番組コーナーは、昨年の段階で東北
を訪れてはいたが、津波を受けた沿岸部を避けて
いたように記憶する。
制作者や出演者側にそれなりの深い配慮があった
にせよ、ファンの方々には申し訳ないが、被災地に
いない“お茶の間”の視聴者らがどのような錯覚を
するか、容易に想像できよう。

地元局制作の朝の報道バラエティ番組では、今も
復興が進まぬ被災地の状況を伝えている。
仮設住宅のなか、被災後に購入した小さな仏壇に
手を合わせる老人。仏壇の上には、納めきれない
数の家族の写真。みんな津波で亡くなったのだ。
あるいは、郷土復興のため知力と体力を振り絞る
若者の姿や、半農半漁の生活が津波と風評被害
によって大打撃を受けながらも家族を守るために
“笑顔”を絶やさぬ逞しき東北の父・・・。
これが「今」なのである。首都圏の大手メディアが
垂れ流す浮ついた情報(?)とは、とても同じ日本と
思えぬ現実がそこにあるのだ。

仮設住宅を訪ねて、被災したお母さん方にお会い
することができた。
帰り際、佐々井秀嶺師著『必生 闘う仏教』(集英社
新書。拙編)を献呈させて頂いた。
いささか僭越か、との思いもあり、また仄聞するに
新興宗教団体が教線拡張のため布教本を配って
いるとの噂も耳にしていたので、正直、ためらいも
あった。だが、お母さん方はこちらの想像を絶する
悲しみと苦しみを抱えながらも、快く受け取ってくだ
さった。

住宅前の空き地で、子供達がボール遊びに興じて
いた。はしゃぐ声が東北の空に弾ける。
感傷が過ぎる、と言われるだろうが、そのとき拙は
以下のように感じた。

仮設住宅のお母さん方に、観音菩薩を見た。
子供達に、地蔵菩薩を見た。

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