2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト

« インドから東北へ(4) | トップページ | 止まった時計 »

被災地の今

被災地の今
被災地の今
南三陸と気仙沼の津波被災地を訪ねた。
約一年ぶりであった。言い訳になるがその間、拙は
介護問題を抱え、物心両面に於いて思うように行動
することが難しかった。
しかし、昨年末に老親を浄土へ見送った後、仏天の
御化導か、震災発生の翌四月時点から現地に入り
菩薩道を実践して来られた少林寺住職師との法縁
を授かり、このたび再訪する機会を賜った。

東北被災地は、まだそこかしこに瓦礫が山と積まれ、
なかにはいまだ解体途中の半壊建造物もあった。
こみ上げてくる、怒り。
その感情は昨年の今頃、慰霊行脚のため緊急来日
した佐々井秀嶺師のお供をして津波現場で御供養
させて頂いた時と変わらない。否、むしろ一年という
月日が流れた分、増幅されたともいえる。
では、一体何に対して?

中央政府のいい加減さ、大手メディアの情報誘導や
印象操作・・・。
だが、上を叩くだけなら気楽なものである。横を水平
に見回すことをせず、舌先三寸で身をかわす。
復興を遅らせている元凶は、自分自身を含む、被災
地にいない者達のエゴではないのか。と思った。

津波で堂宇一式を流されたお寺に参拝した。
プレハブの仮本堂。
御本尊に額ずき、インド仏教徒から託された追弔の
祈りを届けるため、パーリ語の勤行。
読誦した経は『Sangha Vandana (僧徳讃)』。
この場合のサンガ=僧は、いわゆる僧侶の意味で
はなく、本義的に共和、連帯、融合をあらわす。
復興支援のため日本がひとつのサンガになるべき、
との思いでお勤めさせて頂いた。

釈迦如来像の微笑みに、一条の光を見た気がした。

【写真上】現在の気仙沼。去年三月初めまで日本
有数の水産加工業で栄えていた町の、今。
【写真下】南三陸町志津川。一見穏やかな景色に
見えるが全てを津波に流されたままだ。

« インドから東北へ(4) | トップページ | 止まった時計 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/54852113

この記事へのトラックバック一覧です: 被災地の今:

« インドから東北へ(4) | トップページ | 止まった時計 »