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佐々井師東北へ(5)

佐々井師東北へ(5)
佐々井師東北へ(5)
佐々井師東北へ(5)
福島県南相馬市。今春警戒区域解除となったばかり
のその地に、佐々井秀嶺師は立った。
そこでは津波被害を受けた当時のまま、なにもかもが
止まっていた。ただ生い茂った雑草だけが、流れた時
の長さを示していた。
この一年余、中央政府の形ばかりのパフォーマンスに
置き去りにされ、東電の放逸無慙に裏切られ、或いは
また、一部の国民に見られるような、復興支援に口を
閉ざしながら「反対!」だけを叫ぶ声が、どれほど被災
地に生きる同胞の心を踏みつけて来たか。
全半壊家屋、横転した車、打ち上げられた漁船。
青草茂る陰に船が転がる光景など、本来ありえない。
南相馬に広がった荒涼たる世界こそ現代日本の内実
を激しく告発しているのではないだろうか。

のび放題のびた草が強風に煽られ、啾々たる呻きを
上げて揺れる中、仁王立ちした佐々井師は、天地に
轟く大音声で勤行を始めた。
まず或る方角へ向けて読経した後、別の方向に向き
直り、続けて四回、いわゆる四方礼(しほうらい)を修
された。広大な南相馬、人の祈りは一匹の蟻が象の
大群に挑むようなものかも知れない。
だが、一匹のあとには無数の蟻が続いて立ち上がる
ことを、佐々井師はインド民衆との50年近い交わりの
なかで知っている。
四方礼を終え、佐々井師は犠牲となった方々へ語り
掛けた。話はおのずと、危険きわまる原発を放置して
結果的に被害を増大させた権力への怒りに向く。
そして最後は、
「去年はここに入れませんでした。すみませんでした」
との、お詫びの言葉で結んだ。

じつはこの読経中、南相馬に地震があった。
拙や同行の法友らはすぐさま気付いて避難する体勢
をとったが、集中していた佐々井師はまるで気が付か
なかったらしい。
「そうか?アンタら何を慌ててるのかと思ってたよ」

【写真上】南相馬市、2012年6月現在の様子。
【中】位牌を胸に犠牲者へ思いを伝える佐々井師。
【下】義足の禅僧:道順和尚作「お疲れ地蔵」。人々を
お椀の湯船(済度の願船)でねぎらう地蔵尊。
道順師は昨年震災発生後、津波現場に自作の仏像を
献じて巡る行脚を続けている“現代の円空”。

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