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2012年9月

道標

道標
道標
道標
道標
去る8月30日、インド中央ナグプール市の下町にある
インドーラ寺において佐々井秀嶺師78才の誕生会が
開かれた(数え年。満年齢では77才)。
昨年は、東日本大震災物故者追悼のため佐々井師
本人の意思により開催が見送られ、代わって慰霊碑
開眼入魂式が勤められた。よって二年ぶりの祝祭。

払暁から本堂に詰め寄せる仏教徒たち。
母国日本では知られずとも、佐々井秀嶺師の存在は
インド民衆、特に被抑圧者階級(Dalit)の人々にとって
指導者であり、太陽であり、そして父でもある。
みな一様に胸弾む思いでこの日に臨んでいるのだ。
異国の民衆からこれほどまで慕われている日本人が
我々と同じ時代に生きていている、という奇蹟。

開式に先立ち、参加者全員で東日本大震災犠牲者の
ため祈りを捧げる。
来賓のスィク教徒(“髭にターバン”がインド人のマス・
イメージにもなっている宗教)の代表者も合掌し、
「Buddham Saranam Gacchaami……」
と仏教の三帰依五戒文を唱和。ちなみにスィク教では
カースト差別を認めず、その教義的補強として、仏教
復興運動の先駆者アンベードカル博士の思想も導入
している。祈りに引き続いて、来賓の挨拶。
「バンテー・ジー(佐々井師)とはずいぶん長い付き合い
ですが、とにかくブレないんだ、この人は。いつも前を
見ている。だから私は、同じ方向を見ていれば迷わず
進めるので、楽なんだ(笑)。ここに、最良の道しるべが
いらっしゃるんだからね」
Patak ka stambh 《道標》。スィク教代表はユーモアを
交えながら説法のような祝辞。満堂の参加者が湧く。
それを受けて佐々井師が一言、
「私は道しるべのように黙って突っ立っているわけじゃ
ないよ。やかましく文句も言うし、居眠りもする」
そうだそうだ!と囃す声。爆笑の渦。

この日は夜の11時過ぎまで、寺の周囲では佐々井師
誕生を祝う民衆の讃歌が絶えることはなかった。

【写真①】佐々井師とスィク教の代表、東日本大震災
犠牲者に祈りを捧げる。
【②】本堂を埋め尽くした民衆。
【③】先を競うようにして佐々井師に花を捧げる人々。
【④】翌日の地元紙朝刊は第一面で佐々井師誕生会
を報じた。

破闇心光

破闇心光
破闇心光
破闇心光
その日、佐々井秀嶺師は、インド仏教徒の篤志家が
運営する精神疾患専門の医療施設を訪問した。
“社会的にも宗教的にも救われ難い存在であった人
びとの心は、暗い心の地底に押し込められ、苦吟す
るしかなかった” (故山際素男氏『破天』)
インドの被抑圧階級(Dalit)、いわゆる「不可触民」の
中には、精神疾患に罹る人も少なくない。
貧困による劣悪な生活環境、そして、なにより人間と
見做されない差別を物心ついた時から、いや、先祖
代々数千年の長きに渡り強いられてきた人々には、
「あきらめるか、病むか」しかなかった。
想像して欲しい。20世紀半ばまでインドでは腰に箒を
くくり付けて歩くことが宗教的に強制された人間達が
いたのである。自分の足跡(のケガレ)を道に残しては
ならない、と。
また、病んだところでそれは「悪業の報い」と云われ、
救済どころか、更に差別されるだけであった。

或る日本の医学博士は言った。
「インド民衆には、眉間のあたりが異様にこわばって
いる人が多く、深い精神的な苦痛を抱えていることが
判る。ところがナグプールではそういった事例を見る
ことが少ないように思う」
ヒンドゥー教から仏教への改宗が社会的解放だけに
留まらず、健康面にも大きく作用していることの傍証
であろう。

ナグプール市内にある医療施設。
広大な敷地の中には約500名の患者が暮らしており、
彼らのほとんどは、ヒンドゥー教徒「だった」。
そのため施設内にはブッダとアンベードカル博士の
肖像もあれば、ヒンドゥーの女神像もある。
佐々井師の顔を見た患者がヒンドゥー教の唱え言で
礼拝して、佐々井師がニコニコ笑いながら、
「違うよ、“ジャイ・ビーム!”だよお」
と応える場面もあった。
施設スタッフにはカソリックのシスターもいる。
「十字架?はい、付けてますよ。なにか問題でも?」
彼女はそう言って悪戯っぽく笑った。

『Religion is for man. Man is not for religion』
(Dr. B.R.AMBEDKAR)
宗教は“人間のため”にある。人間が宗教のために
あるのではない。…アンベードカル博士。

【写真上】施設玄関で地元メディアのインタビューに
答える佐々井秀嶺師。
【中】症状に回復が見られる患者は施設の食事作り
等に参加している。
【下】大鍋の調理を「こりゃ美味そうだなあ!」と喜ぶ
佐々井師。

ともしび

ともしび
ともしび
ともしび
去る八月末某日、インド中央ナグプール市郊外に
建つ東日本大震災慰霊碑の前に、被災地復興の
ともしび『ホタテキャンドル』が献灯された。

http://www.hotatecandle.com/
昨夏、インド仏教の指導者佐々井秀嶺師によって
この碑が建立されて以来、近隣の住民はもとより
大都市からの参拝者も訪れる。
平素管理しているインド人僧侶に聞くと、
「イスラム教徒やスィク教徒もお参りに来ることが
あります」
慰霊碑は大乗仏教発祥地:南天鉄塔遺跡の麓に
建つ。まさに、宗教宗派の枠を越え、人が人として
人のために祈る聖碑なのである。
しかも碑の背面全体には、大震災被害を詳報した
英語版朝日新聞の記事が、後世の参拝者のため
大きく刻まれている。

この日、雨季にはめずらしく晴れ上がった空の下、
佐々井師と拙は慰霊碑前に三礼した。
時折吹く強風。ロウソクが消えないか気になる。
献灯の支度をしているとき、一組の夫婦が参拝に
訪れた。隣の州から親戚に会う用事で来て、この
碑の話を聞き、帰り掛けに寄ったという。
佐々井師がいること気付いた夫婦が気を遣って辞
そうとするのを呼び止め、同席を促す。
佐々井師は夫婦のためにホタテキャンドルを手に
とって、その由来を説明。貝に添えられた南三陸の
女性からの手書きメッセージがヒンディー語に翻訳
されると、奥さんが嗚咽を漏らした。

キャンドルを灯して、読経供養。
佐々井師と拙、そして夫婦一組。ささやかな法莚。
被災地復興の灯し火が、ブッダの国に灯った。
不思議なことに、お勤めのあいだ風が止んでいた。
『一灯』。…仏伝に説かれる有名な故事が、現在に
よみがえった瞬間であった。

【写真上】読経供養の様子。
【中】慰霊碑に献灯されたホタテキャンドル。
【下】参拝に訪れた夫婦に説明する佐々井秀嶺師。

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