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破闇心光

破闇心光
破闇心光
破闇心光
その日、佐々井秀嶺師は、インド仏教徒の篤志家が
運営する精神疾患専門の医療施設を訪問した。
“社会的にも宗教的にも救われ難い存在であった人
びとの心は、暗い心の地底に押し込められ、苦吟す
るしかなかった” (故山際素男氏『破天』)
インドの被抑圧階級(Dalit)、いわゆる「不可触民」の
中には、精神疾患に罹る人も少なくない。
貧困による劣悪な生活環境、そして、なにより人間と
見做されない差別を物心ついた時から、いや、先祖
代々数千年の長きに渡り強いられてきた人々には、
「あきらめるか、病むか」しかなかった。
想像して欲しい。20世紀半ばまでインドでは腰に箒を
くくり付けて歩くことが宗教的に強制された人間達が
いたのである。自分の足跡(のケガレ)を道に残しては
ならない、と。
また、病んだところでそれは「悪業の報い」と云われ、
救済どころか、更に差別されるだけであった。

或る日本の医学博士は言った。
「インド民衆には、眉間のあたりが異様にこわばって
いる人が多く、深い精神的な苦痛を抱えていることが
判る。ところがナグプールではそういった事例を見る
ことが少ないように思う」
ヒンドゥー教から仏教への改宗が社会的解放だけに
留まらず、健康面にも大きく作用していることの傍証
であろう。

ナグプール市内にある医療施設。
広大な敷地の中には約500名の患者が暮らしており、
彼らのほとんどは、ヒンドゥー教徒「だった」。
そのため施設内にはブッダとアンベードカル博士の
肖像もあれば、ヒンドゥーの女神像もある。
佐々井師の顔を見た患者がヒンドゥー教の唱え言で
礼拝して、佐々井師がニコニコ笑いながら、
「違うよ、“ジャイ・ビーム!”だよお」
と応える場面もあった。
施設スタッフにはカソリックのシスターもいる。
「十字架?はい、付けてますよ。なにか問題でも?」
彼女はそう言って悪戯っぽく笑った。

『Religion is for man. Man is not for religion』
(Dr. B.R.AMBEDKAR)
宗教は“人間のため”にある。人間が宗教のために
あるのではない。…アンベードカル博士。

【写真上】施設玄関で地元メディアのインタビューに
答える佐々井秀嶺師。
【中】症状に回復が見られる患者は施設の食事作り
等に参加している。
【下】大鍋の調理を「こりゃ美味そうだなあ!」と喜ぶ
佐々井師。

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