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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2012年10月

銀幕菩薩道

銀幕菩薩道
「そうだなあ、私はアニル・カプールが好きだな」
…或る日、佐々井秀嶺師の居室にて。
師は若いころヒンディー語を労働者と一緒に汗を
流しながら学んだという。
アンタはどうやって覚えたんだ?と聞かれた拙が、
ボリウッド映画で、と答えた時、佐々井師が上記
の俳優の名を挙げた。
アニル主演作は過去に日本でも公開されており、
また近年では米TVドラマ『24』にも出演している。
もちろん佐々井師はそんなことは知らない。インド
民衆と同じ目の高さで、お気に入り、なのだ。
「彼の芝居は迫力が違うからなあ」

そこへひとりのおばちゃんが入って来た。
映画の話題と知ると、いきなり歌をうたい始めた。
アニル主演の旧作『TEZAAB』の挿入歌だ。
「Ek Do Tin (1, 2, 3)」

https://www.youtube.com/watch?v=iwycoX_aHmc&feature=youtube_gdata_player
佐々井師は日本語で拙に言った。
「この人はな、むかし続けて七人も家族や子供を
亡くした。それでちょっと心の病気になり、親戚が
私のとこへ連れてきた。祈祷で治してくれ、という
わけだが、私は拝み屋じゃない。気が済むように
祈ってやった後、
“彼女の好きなものはなんだ?”
と聞くと、映画だ、と。だからこう言ったんだ。
“今日からなんでもいいからボリウッド映画を毎日
見させろ。お金がなくなったら私が出してやる”
本人にはこう言った。
“とにかく毎日映画を見て、歌と物語を覚え、私に
教えなさい。そのあとまた祈ってやるから”
何百本見たのか知らないが、すっかり快くなった。
今でも映画好きだけは治らないがね」
これに医学的根拠があるのか拙には分からない。
だが、民衆の心のヒダに深く分け入り、泣き笑いを
共にしてきた佐々井師ならではの妙案だろう。

さておばちゃん、自分のことを語られているのだが、
歌を誉められたと勘違いして、ますますノリノリ。
とうとうリクエストまで要求してきた。
ようし、最近のなら知らないだろう。と意地悪な気を
起こした拙は、2012年のアクション映画『TEZZ』の
中から哀愁のメロディー「Tere Bina」を。

https://www.youtube.com/watch?v=b61PBSjvx7o&feature=youtube_gdata_player

おばちゃん、見事カンペキに歌いきった。
…降参です。m(_ _)m

※写真は『1942 A LOVE STORY』DVDジャケット。
主演:アニル・カプール、マニーシャ・コイララ。
インド独立前夜のヒマラヤ中腹の町を舞台に描く
愛の名作。

法灯

法灯
法灯
写真上は、今から20年前の佐々井秀嶺師の肖像。
釈尊成道の仏教根本聖地ブッダガヤー大菩提寺を
背景に、法灯を掲げ、胸に法華経の経巻を提げて、
眼光炯々、一点を見据える。大地には無数の民衆。
当時57才。人間の熱がたぎっている。
これは、今年の佐々井師の誕生日祝いに仏教徒の
画家が1992年『ブッダガヤー大菩提寺管理権奪還
闘争』の写真をもとに、描きあげたものだ。

大菩提寺がその管理をヒンドゥー教徒に横奪されて
久しい。20世紀初めまで境内では神への生贄として
山羊の首が刎ねられ、ブッダの尊前は鮮血で染めら
れていた。ちなみに彼らの言い分は以下の通り…。
この世界は創造・維持・破壊の三つの時代より構成
され、創造神ブラフマーから世界の維持を託された
ヴィシュヌ神はさまざまな化身を表して世界を守る。
だが、破壊神シヴァへとバトンタッチするには正しい
ヒンドゥー教が栄えていては滅びる理由がない。
そのためには、邪教がはびこり、魔族が栄えて世の
中が乱れる必要がある。そこで九番目の化身ブッダ
となって邪教の仏教をひろめた。だから大菩提寺は
ヒンドゥー教寺院でいいのだ、と云々。

笑ってはいけない。本当にこんな世迷い言のために
何百年も根本聖地が蹂躙されてきたのである。
1992年、佐々井秀嶺師は、遂に本格的な大菩提寺
管理権奪還闘争を開始(1987年まではインド国籍で
なかったため内政干渉にならぬよう注意していた)。
のべ5000kmに及ぶ抗議の大行進に始まり、断食や
座り込み、またその間、強制排除や身柄拘束など、
数々の弾圧を受けながら、不撓不屈の闘いは今も
続けられている。
写真下は、法灯を掲げる現在の佐々井師。
「とにかく使命感だよ。どうこういった理屈じゃない。
やらない言い訳を考えてるヒマがあったら、やれる
ことをやったほうがいいに決まってるじゃないか」

いま日本は、東北被災地復興という“奪還闘争”の
さなかにある。
宮城県山元町のボランティア・グループの言葉、
「故郷の空に笑顔充ち溢るるまで」
まさに使命感。共感と連帯の、大乗菩薩道だ。
そして、グループが掲げる法灯は、
「えにし」
凡百の世迷い言を一蹴して余りある、人間の熱。

針と糸

針と糸
針と糸
痩せたブッダが涙を流している。【写真上】
真っ二つに割れそうな地球を抱き、針と糸で裂け
目を繕いながら、堪えきれずに泣いている。
背景には『9.11』で崩壊するW.T.C.ツインタワーと、
2008年11月インドのムンバイで発生した同時多発
テロによって炎上するタージマハル・ホテル。
この絵は、佐々井秀嶺師率いる全インド仏教会が
発行するマガジンの表紙だ。
若い仏教徒のアーティストが平和の願いを込めて
描いたという。彼に話を聞いてみた。
「僕のイメージの中でゴータマ・ブッダは僕らと同じ
ぐらいの年令なんです、いつまでもずっとね(笑)」
そのセンス、ROCKだよな、と拙が言うと、
「でしょ?」
青年アーティストは少し照れて笑った。

REPAIR(修復)とは、ペアに戻す、ということ。
ブッダが繕おうとしている裂け目は、もともと一つ
だった世界。一対で一人前だった、人の世だ。
仏教で云う“魔”がいわゆるエゴの喩えであること
を思えば、その手にした針と糸が『慈悲』すなわち
連帯と共感を表していることが分かる。

インド仏教の指導者:佐々井秀嶺師は今年の6月、
福島県南相馬市を訪問した。【写真下】
昨年3月11日、津波被害を受けた当時そのままの
大地に立ち、東日本大震災物故者諸霊の位牌を
胸に抱いて、亡き人々のため読経した。
実はこのとき佐々井師は右脇腹に打撲傷を負って
いたのだが、痛みをものともせず、ただ一心に祈り
続けた。
「去年は放射能のためにここまで入ることができま
せんでした」
あたかも亡くなられた方々との間に針と糸を通そう
としているかのようだった。

宗教テロも原発事故も人間が招いた悲劇である。
一方は神の名のもとに、一方は科学の名のもとに、
人間が人間を無間の苦界に落としている。
…魔の正体は、エゴなのだ。

※ 佐々井師の隣にいるのは同行取材した写真家
山本宗補氏。新刊のフォトルポルタージュ、
『鎮魂と抗い 3.11後の人びと』 (彩流社)
は必見。38頁から佐々井師東北慰霊行脚の報告。

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