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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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針と糸

針と糸
針と糸
痩せたブッダが涙を流している。【写真上】
真っ二つに割れそうな地球を抱き、針と糸で裂け
目を繕いながら、堪えきれずに泣いている。
背景には『9.11』で崩壊するW.T.C.ツインタワーと、
2008年11月インドのムンバイで発生した同時多発
テロによって炎上するタージマハル・ホテル。
この絵は、佐々井秀嶺師率いる全インド仏教会が
発行するマガジンの表紙だ。
若い仏教徒のアーティストが平和の願いを込めて
描いたという。彼に話を聞いてみた。
「僕のイメージの中でゴータマ・ブッダは僕らと同じ
ぐらいの年令なんです、いつまでもずっとね(笑)」
そのセンス、ROCKだよな、と拙が言うと、
「でしょ?」
青年アーティストは少し照れて笑った。

REPAIR(修復)とは、ペアに戻す、ということ。
ブッダが繕おうとしている裂け目は、もともと一つ
だった世界。一対で一人前だった、人の世だ。
仏教で云う“魔”がいわゆるエゴの喩えであること
を思えば、その手にした針と糸が『慈悲』すなわち
連帯と共感を表していることが分かる。

インド仏教の指導者:佐々井秀嶺師は今年の6月、
福島県南相馬市を訪問した。【写真下】
昨年3月11日、津波被害を受けた当時そのままの
大地に立ち、東日本大震災物故者諸霊の位牌を
胸に抱いて、亡き人々のため読経した。
実はこのとき佐々井師は右脇腹に打撲傷を負って
いたのだが、痛みをものともせず、ただ一心に祈り
続けた。
「去年は放射能のためにここまで入ることができま
せんでした」
あたかも亡くなられた方々との間に針と糸を通そう
としているかのようだった。

宗教テロも原発事故も人間が招いた悲劇である。
一方は神の名のもとに、一方は科学の名のもとに、
人間が人間を無間の苦界に落としている。
…魔の正体は、エゴなのだ。

※ 佐々井師の隣にいるのは同行取材した写真家
山本宗補氏。新刊のフォトルポルタージュ、
『鎮魂と抗い 3.11後の人びと』 (彩流社)
は必見。38頁から佐々井師東北慰霊行脚の報告。

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