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観音霊験記

観音霊験記
観音霊験記
観音霊験記
「実はな、不思議なことがあったんだよ」
佐々井秀嶺師が唐突に言った。
昨年十二月インド三角大陸の中央ナグプール。
人間解放と仏教復興の先達アンベードカル博士
の涅槃會を数日後に控えた或る晩のこと。
「夏に病院のベッドで生死の境を彷徨っていた
とき、夢の中に観音様が示現したんだ」
…ほお? 淡々と聞く拙。
佐々井師のことをよく御存知ない方ならきっと
(すわ!高僧の神通譚) と耳を側立てるところで
あろうが、拙にとっては三日に一度のペースで
聞かされる類の話。いちいち驚いていたら身が
持たない。師のような〈宗教的天才〉は、我々
とは別の感覚世界に生きているのである。
「三十三観音なのかなぁ、たくさんお出ましに
なられたんだぞ」
へえ。なんだかボリウッド映画のヒロイン競演
みたいですねえ。そりゃ絢爛豪華だ(笑)。
「茶化すな。それでな、その観音様のお一人が
みずから名乗られたんだよ」
えっ! これには流石に驚いた。ふと、親鸞の
伝説に云う『救世観音の夢告』を連想する。
それで、なんと仰る観音菩薩だったんですか?
龍頭、持經、楊柳、それとも魚籃、灑水…。
思わず身を乗り出す。
「プリティーという名だった」
してやられた。

かつて佐々井師を身近で観察した日本の高名な
医学博士は、このように語った。
「あくまで私の所感ではありますが、あの方は
間脳の働きが常人のそれを遥かに越えているの
ではないかと。それゆえ、ズバ抜けた共感力を
持ち、それがあの凄まじいまでの行動力を生み
出しているのではないか?とね」
拙には難しい話でよく分からなかったが、後日
本人にそのことを伝えると、
「脳ミソなんて手にとって見たことないぞ!」
禅問答のような答えが返ってきた。

さて、昨夏佐々井師入院の際、殆ど付き切りで
世話をしていた仏教徒青年にそれとなく当時の
周辺事情を聞いてみた。
「そうですね、ナースにも仏教徒の娘がいて、
本当に寝る間も惜しんで看護してましたよ」
その娘の名は?
「プリーティ (ヒンディー語で慈愛の意)」。

Prettyではなかった。拙の勘違いだった。
佐々井秀嶺師は朦朧とした意識の中で献身的に
看護する仏教徒女性の名を聞いていたのだ。
慈愛の名を持つ白衣(びゃくえ)観音は、確かに
示現していたのである。そして、
「この娘の気持ちに応えねばならぬ」
と天賦の共感力を発揮し、超人的回復力で奇跡
の生還を遂げたのだった。

世の音(こえ)を自在に観じる、観世音・観自在
とは、共鳴し合う心の響きを云うのだろう。
なぜなら三十三の化身とは現世に生きる民衆の
悲喜を表しているからである。
「念彼観音力」
(妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五)

【写真上】民衆に囲まれ「新しい命」赤ちゃん
を抱っこする佐々井秀嶺師。
【中】蓮の蕾たち。観音ガールズ?
【下】涅槃會の縁日を散策する佐々井師。

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