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竜の樹

竜の樹
竜の樹
竜の樹
去る7月7日、佐々井秀嶺師はインドへ帰った。
一ヶ月以上に及ぶ滞在期間中、精力的に各地を巡錫し、善男善女に無碍の白道を指し示しつつ、正法の天鼓を打ち鳴らした佐々井師。
かつて2009年の春、師が四十四年振りに日本の土を踏んだとき以来これで五度目の成田見送りだったが、今年は特に感慨深かった。理由は云うまでもなく、作夏の危篤状態からの復活。
「やはりこのひとは超人だ」
いまさらながら、改めて思い知らされた。

今回の来日で新たな縁(えにし)を結ばれた皆様には、これから各人各様の「如是我聞」を、それぞれの心の中で、強く大きく育ててくださることと思う。佐々井師のインド名は、アーリア・ナーガールジュナ(聖龍樹)である。日本とインドを大地の下の根で繋ぐ《竜の樹》は、その青々と繁った慈悲の葉で人々に希望と安らぎを与え続けるだろう。
さて、多くの方々の御尽力により成功裡に終えた各講演会の中で、拙にとって特に忘れられない出来事があった。
6月14日、高野山大学で開かれた佐々井師講演会終了後、拙に駆け寄って来られたひとりのご婦人がいた。聞けば、集英社新書『必生 闘う仏教』(佐々井秀嶺師著、拙編)の視覚障害者用の朗読音源を、ボランティアで作ってくださった方だという。失礼ながら些か老境の兆したご婦人は、
「無断でやっちゃってごめんなさいね」
と頭を下げられた。いえいえ、滅相もない!
「まさかお会い出来るなんて思ってなかったわ…、握手してくださいな」
は、はい!

実を云うと『必生』の編著作業、今は亡き母の介護問題と並行しておこなったものであった。脳梗塞で倒れ半身不随となり、食事はもちろん寝返りさえ独力で出来なくなった母を介護施設に預けて、入所費の遣り繰りに苦闘しながら、「ササイ・ジー、初の一人称書籍」(当時)を編むプレッシャーに、何度も何度も押し潰されそうになった。
幸い、母の存命中に刊行することができたが、その本を、目の不自由な方にも届けてくださった人と開創千二百年の聖地・高野山で巡り会えたのである。
「今日は来て良かったわ」
惜しみながら去られるご婦人の背に、亡母の笑みが浮かんで見えた。

…竜の樹には、真白き花も咲いていた。

【写真上】出国前の7月6日、師の笑顔。
【中】高野山講演を報じるインド・メディア。
【下】快復した佐々井師と東京にて再会を
果たした在日インド仏教徒たち。

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