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慈愛生誕

慈愛生誕
慈愛生誕
慈愛生誕
去る4月17日、関東某所において在日インド仏教徒主催による
『第125回アンベードカル博士生誕祭』
(Babasaheb Dr. Ambedkar Jayanti 125th)
が開かれた。記念すべき節目の年ということで、今年の生誕祭にかけた彼らの熱意は並々ならぬものであり、幼年部の舞踊、合唱、高校生が製作した短編映画『カースト差別と仏教』の上映、大人達による寸劇、婦人部の聖歌奉唱にダンス・パフォーマンスなど、盛りだくさんな内容であった。すべてを漏らさずご紹介したいところだが、それは彼ら一人一人の「人生の宝」であり、何よりインド人独特の〈信仰にかける思い〉の熱さを現代日本人にそのまま伝えきることは、決して容易ではないだろう。
そこで、終盤に拙が語った法話の一部を以下に抄出し、会の概要報告に代えさせていただく(原語はヒンディー)。

  如来無上正等覚、並びに菩薩聖者アンベードカル博士に帰命し奉る。
皆さん。今年はアンベードカル博士の御降誕から百二十五年、そして仏教復興宣言から六十年という、まさに歴史的な慶賀の年であります。私達仏教徒が各自の人生においてその瞬間に立ち会えることは、この上ない喜びであることは云うまでもございません。
しかし一方で、悲しいことも起きました。今日は17日ですよね。そう、三ヶ月前の一月、南インドのハイデラバード大学の学生ロヒート・ヴェムラ君がカースト差別によって自殺に追い込まれたのも、17日でした。ロヒート君はその遺書に「ジャイ・ビーム」と書いたのです。つまり私達と同じ仏教徒、私達の家族同然でしょう。今日は彼の月命日です。

そして、皆さんも既にテレビなどでご承知の通り、この日本の熊本県で大きな地震が起こり、おおぜいの尊い命が失われました。関東在住の皆さんは五年前、東日本大震災も経験されたでしょう。どうか仏教徒として、国籍や出身地を越えて、私と一緒にお祈りしてください…。
〈ナモ・タッサ・バガワト・アラハト・サムマ・サムブッダッサ=南無世尊応供正等覚を一同唱和〉
さて、伝統的な仏教では三学、戒(シーラ)・定(サマーディ)・慧(プラジュニャー)を立てますが、アンベードカル博士はそれを充分理解した上で、あえて言葉の本義に立ち返り、慧(Knowledge。教育)・戒(Morality。倫理)、そして悲(カルナー。Compassion。愛情)の三つを掲げました。当然ですが、学ばなければ倫理観も身に付かず、相手の立場になって物を考えることも出来ません。すなわち仏教とは、社会性、公共性なのです。個人が趣味でパズル・ゲームのように嗜むのも自由ではありましょうが、それは本来の意味から言って、仏教ではないのです。
例えば戒。皆さんよくご存知の五戒(パンチャ・シーラ)。…なあ、奥さんを愛してれば優しくするだろ?浮気したり、酒に溺れたりして、奥さんを悲しませたりしないだろ?
〈一同、笑〉
だからね、戒というのは相手あってのものなんだよ。Shila is the Love. 日本語っぽく言うなら、カイはアイ、なんだ。分かるよね?
最後まで聞いてくれてありがとうございました。ジャイ・ビーム!

※YouTube ショートムービー
《第125回アンベードカル博士生誕祭》

https://youtu.be/Ci1jlk2vxwE

《ダンス 三帰依文の歌》

https://youtu.be/knYGP-343P4

《菩薩生誕を祝う舞い》

https://youtu.be/9MQ-0YzRB_c

【写真上】現代インド仏教式の祭壇
【中】華麗なフィニッシュを決める天竺少女隊
【下】紺地に白い法輪紋を染め抜いた仏教旗を
振るパフォーマンスを披露した婦人部の面々。

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