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2016年12月

浪花節菩薩道

浪曲菩薩道
浪曲菩薩道
浪曲菩薩道
「衆生 笑むがゆえに 我 笑む」
師父佐々井秀嶺とは、そういう男である。
云うまでもなく上記の言葉は『維摩経』の「衆生病むがゆえに我病む」を私が勝手に捩ったものだが、抜苦与楽、自利利他円満が大乗仏教ならば、結局同じことであろう。
インド最下層民衆と佐々井師のあいだで半世紀以上繰り返されてきたのは、まさにこの、泣き笑いを共にする菩薩道だった。太古の昔から続くカースト差別の無間地獄を、現世の極楽浄土に作り変えてしまおう、という途方もない「闘い」の道。それは、仏国荘厳(ぶっこくしょうごん)の大白道にほかならなかった。
そのササイ・ジーの原点となっているのは、浪花節。名も無き庶民の、心の襞に寄り添う大衆芸能の精神。いま目の前にいる人の心を抱き止められずして衆生済度など出来ようはずもない、という仏道の根本精神を、佐々井実(みのる)青年は、昭和三十年代の東京浅草で、浪花節の芸道を通じて学んだのである。
さて、今年初夏の来日時、女流浪曲師:玉川奈々福師匠から御招待を頂き、およそ六十年ぶりに佐々井師を浪曲の舞台へお連れすることができた。浅草木馬亭の客席に小柄な体を沈め、息を詰めて奈々福師匠の芸に見入るその横顔。目元には銀の光。…泣いていた。
その後、出番を終えた奈々福師匠が衣装のまま木馬亭の入口までお出くださり、丁寧な御挨拶を頂いた。
「感激したよお、涙と鼻水が出ちゃった」
と佐々井師。

そして十月、私はインド・ナグプールで開催される『第60回アンベードカル博士改宗記念祭』参加のため渡印する際、奈々福師匠から佐々井師への贈り物を預かった。「浪聖」と謳われた桃中軒雲右衛門 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%83%E4%B8%AD%E8%BB%92%E9%9B%B2%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80 の貴重な音源。
佐々井師は記念行事前の多忙を極める中、夜毎それに聞き入っていたらしく、そうとは知らぬ私が或る朝、
「奈々福さんが焼いてくれた雲右衛門のCD、いつか時間のある時にでも聞いてください。せっかく預かって来たんだから」
と言うと、
「もう聞いてるんだよ!大事なものなんだ!」
…なぜか怒られた。

私の帰国が近付いた頃、「貰いっぱなしじゃ申し訳ないから」と佐々井師から奈々福師匠への返礼として、インドの仏像を託された。大きなものではないが、金属製でズシリと重い。
「よろしく言っといてくれ。それと、お渡しする前におまえがちゃんとパーリ語で開眼供養のお勤めをするんだぞ」
それは、あたかも青年のように清々しく端正な顔立ちの、釈迦牟仁であった。

【写真上】佐々井から託された仏像。
【中】ナグプールのササイ・ジー。
【下】日本式本堂でインド式に開眼供養を勤めた私と、人気の女流浪曲師:玉川奈々福師匠。

YouTube『奈々福の浪花節更紗』 https://youtu.be/5ccDvvHHOqc

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