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日記・コラム・つぶやき

穢土思草(えどしぐさ)

穢土思草(えどしぐさ)
穢土思草(えどしぐさ)
写真はインド西部の都市ムンバイにあるアジア
最大のスラム街ダラヴィで暮らす現代仏教徒の
子供たち。この子らは、ヒンドゥー教社会では
被抑圧階級(Dalit)として差別されている。
…穢土に咲いた小さき蓮の花。
「全ての人は自然権に於いて平等である」
その原点を獅子吼したのが釈尊であり、それを
インド憲法に明記したのが“不可触民”出身の
仏教復興指導者アンベードカル博士。
人はみな、神の前でなくても平等である、と。

過去の強権支配体制が美化される時、そこには
必ず《美しい国づくり》なるスローガンが掲げ
られる。失われた楽園への幻想は、各人の自己
浄化願望と相俟って、天使の仮面を生む。
また権力側にとっては伝統や美徳の名を借りた
虚構ほど、手軽な民心操作の術はない。
「江戸しぐさ(登録商標)」
今年度からわが国の道徳教育に取り入れられた
偽史。士農工商・血統世襲の差別社会であった
はずの江戸時代が、いつの間にか産業革命以後
の西欧なみに近代化されてしまっている。
この妄想を打ち破ってくれる待望の新刊が遂に
上梓されることとなった。原田実氏著、
『江戸しぐさの正体-教育をむしばむ偽りの
 伝統』(星海社新書) 8月25日発売

http://www.seikaisha.co.jp/information/2014/08/01-post-228.html
一般向けの書籍として、また史学界、教育界は
もちろん、宗教界の人々も注目すべき本だ。

さて、江戸しぐさには江戸の宗教事情をまるで
無視した捏造・歪曲も少なからず登場する。
例えば“人はみな、仏の化身”。
切支丹弾圧と宗旨人別制度のもと、支配政策の
ひとつに利用されていたのが江戸仏教。国学者
平田篤胤はそれを揶揄して、
「天子天台、公家真言。公方浄土に武士は禅。
日蓮乞食、門徒それ以下」
と詠んだ。一体どこを指して“みな仏の化身”
などと言えるのか。
或いは“人はみな、仏の前では平等”。
いわゆる「神の前の平等」を捩っただけなのは
歴然だが、これでは「お釈迦さまでも気が付く
めえ」と士農工商を是認していることになる。
また或いは、“結界おぼえ”。
自他の境界を弁える対人関係上の線引きという
ことらしいが、結界は仏教語であり、江戸時代
には「浄穢の忌み」に基づく差別をも意味した。

繰り返して云うが、これら偽史を宣揚する江戸
しぐさが、いま公教育の道徳授業に取り入れら
れているのである。
《差別のない明るい社会と美しい国づくり》
スローガンとはいえ余りにも矛盾し過ぎている。
まさか冒頭の写真の子らを蔑むような国に日本
を変えたい、というのでもあるまい。
甘美な幻想は江戸、いや穢土の現実からを目を
背けさせ、逃避させるだけだ。
「厭離穢土」は「欣求浄土」が伴ってこそ。

江戸時代、乞食以下と云われた門徒(浄土真宗)
の祖師:親鸞は、浄土を「真実報土」「諸智土」
とも呼んだ。土は境地を指す。

欣求とは、すなわち真実探求の意志である。

【※お知らせ】
Twitterで『アンベードカル博士の言葉_bot』を
開始しました。三時間毎に自動ツイートします。
アカウントは、@babasaheb_japan
宜しくお願いします。

銀嶺の覇者

銀嶺の覇者
銀嶺の覇者
銀嶺の覇者
カーストの最底辺から、世界の最高峰へ…。
13才の少女が
エヴェレストを制覇した。
マラーヴァト・プールナ。少数部族(被抑圧階
級)に生を受けた彼女の名は、文字通り世界の
頂点に刻まれたのであった。その、敬愛して
やまぬアンベードカル博士の慈顔と共に。
去る5月25日、エヴェレスト登頂史上最年少の
女性となったマラーヴァトは、銀嶺に立ち、
「わあ☆すっごぉ~い♪」
そして彼女はインド国旗を掲揚し、また仏教
復興と人間解放の先達:アンベードカル博士
の肖像画を白銀世界に奉献した。

マラーヴァトが登ったルートは、ネパールの
登山規則によって、困難なチベット側からを
選ばざる得なかった。
経験豊富な登山家らに導かれ、同じく被抑圧
階級出身の少年アーナンド(16才)とグループ
で最高峰を目指した。
「初めは怖かったけど、かなりトレーニング
もやったし、諦めようとか思わなかったわ」
グループが山頂を極める十日前、ネパール側
に起きた大雪崩は、多くの犠牲者を出した。
だが、少女には目的があった。
「あたしみたいに、生まれた血筋だけで差別
されてる子がインドにはたくさんいるの…。
だから、あたしの頑張りを見てみんなが元気
になってくれたらなぁって。エヴェレストに
登れるなんて、めったにないチャンスだし。
だけどぉ、お母さんが作ってくれたお弁当の
フライドチキン、山で食べられなかったのが
ちょー残念!」

マラーヴァトの両親はインド南部アンドーラ
プラデシュ州の小さな部族の村で農業労働者
として働いている。親と担任教師に励まされ、
野外活動の研修に取り組んだ彼女は、最高峰
制覇に備え、高地のダージリンやラダックで
厳しい訓練を受けた。
そして世界の頂点に立った少女の感想。
「見渡す限り、ぜんぶ山。とっても綺麗!」
《source:BBC News 他》

【動画】
○最高峰を目指し断崖に挑むマラーヴァト
http://www.youtube.com/watch?v=g_p1VdX68d4&feature=share&list=UU3T87w87vAz5UhFulUx24Qw

○同行のクマール君が撮影した登頂の瞬間
http://www.youtube.com/watch?v=rW_6eO6VMpk&feature=share&list=UU3T87w87vAz5UhFulUx24Qw&index=2

日本の御用インド学者が、どれほどかの国の
闇を揉み消そうとも、また一部の日本の仏教
僧侶が、如何に「わが宗の教義と異なるから」
とアンベードカル博士を黙殺しようとも、今
現にこうして被抑圧階級(Dalit)の少女が博士
の示した『無碍の白道』を歩み、銀嶺の覇者
となったのである。

13才の少女は白銀の天界で法華経に説かれた
竜女となった。ジャイ・ビーム!

【写真上】アンベードカル博士の肖像の前で
記者会見するマラーヴァト・プールナ(中央)。
【中】登山の途中で。
【下】青年時代のアンベードカル。

ONLY EDO (厭離穢土)

Eshinkyo
「日めくりカレンダーの標語」程度のものに権威
や特殊性は必要ない。ましてやそれが粛清をかい
くぐって現代に生き延びた門外不出の秘伝の知恵
などと言われたら、呆れるしかなかろう。
特定団体がその内輪だけで言っているのであれば
余程でない限りは憲法の許す範囲だが、公教育の
場で採用されたとなれば、事情は別だ。

何のことを書いているのか?と首を傾げる向きも
あろう。江戸しぐさ(登録商標)の話である。
“傘かしげ”や“こぶし腰うかせ”等、なんとも
長閑な江戸人情噺風だが、ただそれだけのことで、
日めくりの標語と変わらない。しかし当時の生活
文化では考えにくいことが多く、不定時法だった
あの時代に分単位の時間厳守を戒めた“時泥棒”
に至っては、呼称ともども現代そのもの。
これが今、江戸期にあった史実として学校の道徳
教育に採用されているのだ。火事と喧嘩はどこへ
やら、士農工商も関係なかった江戸 Xanadu?
既にネット上では多くの批判がなされているので
調べていただければ分かる。また一般書籍として
彩図社刊『謎解き古代文明DX』214頁、30・古代
以来の知恵「江戸しぐさ」にその実態が簡潔明瞭
に記されているので、是非御一読いただきたい。
商標を持つ団体の主張によれば、この江戸しぐさ
は江戸講と称する豪商の会員制高級倶楽部だけに
伝えられてきた秘伝であり、彼ら江戸講は、明治
維新の際、官軍の“江戸っ子狩り”によって虐殺
されたという。

拙は一介の坊主に過ぎず、教育問題の専門家でも
歴史学者でもない。
だが、些かインドのカースト制度の現実を知る者
として看過できない点がある。それは江戸しぐさ
なるものが包含する、階級制是認と強者礼賛だ。
◎うかつあやまり
例えば足を踏まれても踏まれた側が「迂闊でした」
と謝って丸く納め、揉め事を避けること。
◎逆らいしぐさの禁
目上を敬い、反対意思を表示しないこと。
◎横切りしぐさの禁
人の前を横切るのは無礼。江戸時代、大名行列を
横切って許されのたは、赤ん坊を取り上げに行く
お産婆さんだけだった…云々。
これらが士農工商の階級社会で何を意味し、どの
ような悲劇を招いたか、容易に想像がつくはずだ。
(むしろその想像力を育む方がよほど道徳教育に
相応しいと思うのだが)。
また、差別される痛みを「足を踏んだ者は痛くも
痒くもないが踏まれた者は痛い」と喩えて言うが、
まさにこのことである。しかもその秘伝とやらが
特に選ばれた社会的成功者だけに許されたという
露骨な弱者切り捨ての思想。
もし、上の三つを実際に見てみたいならインドの
農村部へ行けばいい。カースト制度で虐げられた
民衆は、今もこの屈辱を強いられている。

最後に、仏教の坊主として一言。
江戸しぐさでは“ロク”と呼ばれる超能力の一種
が習得できるそうな。いわゆる第六感らしい。
さて、ここでやっと一番上の画像へと話が繋がる
わけだが、これは江戸時代、文字が読めない人の
ために絵で示した般若心経である。
「まか(お釜の逆)はんにゃ(般若の面)はら(腹)み
(簑)た(田んぼ)しんきょう(神棚の鏡)」
読み書きの覚束ぬ人も唱和できた般若心経には、
「無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、無眼界乃至
無意識界」
とある。眼・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚器
とその対象世界、知覚によって形成される認識は
すべて実体がない、と説いている。すなわち五感
ではなく意識も含む六感(=六根)が基本であって、
Sixth Senseを特殊能力視していなかった。
会員制高級倶楽部に認められたような豪商ならば、
仏教知識も名士の嗜みの一つとされた時代、般若
心経の教えをおおまかに理解していた人間も少な
からずいたのではないか。
あるいはその他にも「六根清浄(眼・耳・鼻・舌・
身・意の六感よ、染垢を離れて清らかなれかし)」
などは、一般の人口に膾炙していた。
ロク(第六感)には実体がない、汚れている、と。

すべては無である、と。

GREETING

GREETING
GREETING
GREETING
新年明けましておめでとうございます。
振り返れば昨年は仏教の根本聖地ブッダガヤー
爆弾テロ、『南アフリカ解放の父』ネルソン・
マンデラ元大統領の御逝去等、世界的に悲しい
出来事が続きました。
穿った見方をすれば自由・博愛・平等の象徴的
存在が傷付けられ、或いは去っていった年でも
あったと云えるのではないでしょうか。
そして今年は東日本大震災発生から丸三年目を
迎えます。

傷(いたみ)に共振鳴動できる感性、それを慚愧
といいます。反省や後悔ではありません。
「慚は人に恥ず。愧は天に恥ず」(『涅槃経』)
そして慚愧は必ず“次なる行動”に結実します。
また、言うまでもありませんが、これは面子や
名誉や見栄とはまったく正反対のことです。
慚は慈(マイトリー。友愛)を、愧は悲(カルナー。
共感)を、別の角度から謂った言葉です。
慚愧無くして、慈悲有ること無し。いわんや天
も無く、ましてや人も無し。

『すべては小さき笑顔のため』
ブッダもマンデラ氏も被災地復興に取り組んで
おられる方々も、その心や願いは一つだと思い
ます。小さな笑顔を守れない者に世界平和など
口にする資格があろうはずもないのです。
この、天と人のあいだで。

【写真上】運動仏教復興の中心地・ナグプール
から届いたGreeting Card。天竺からの年賀状。
【中】デリー市のアンベードカル博士記念館に
掲げられたマンデラ氏の賞賛メッセージ。
「南アフリカの新憲法はアンベードカル博士が
起草したインド憲法の精神に導かれた」
【下】仏教徒(被抑圧階級)の子供たち。

地涌大悲

地涌大悲
地涌大悲
地涌大悲
東日本大震災から二年と三カ月…。
去る6月30日、都内井の頭地区公会堂にて、宮城県
亘理郡山元町の地元復興団体、
『居酒屋源さん・ボランティア本部』
第三回活動報告会が開催された。会場はほぼ満席。
“地涌の菩薩”
妙法蓮華経従地涌出品第十五に説かれた大地より
涌き出でたる無数の菩薩たち。
以下、拙の的外れな感想を述べるよりも、当日配布
されたメッセージからの抄出引用をもって、本文に
替えたい。

******************************************

山元町は町の約半分の土地が浸水、人口17,000名
のうち670名が犠牲となり、死亡者数割合としては、
全被災市町村の中でも3番目に高い町になってしま
いました。ただ山元町はテレビ報道などが少ないた
め、あまり知られてないのです。取り立てて大きな
産業もなく、JR常磐線の停車場機能のおかげで、仙
台都市圏へのベッドタウンとして人口を増やした町。
しかし、常磐線の早期復旧も程遠く、多くの住民は
「町に残るべきか?別の町に移り住むべきか?」等
の選択を今も迫られています。

そんな中「居酒屋源さん・ボランティア本部」には
週末になると、全国から個人ボランティアが集まり
ます。ヘドロだらけの家屋の床はがし、壁の解体、
庭の整地や、農地のガレキ撤去、ヘドロ出し等、毎
月、毎週、北海道から九州まで、全国から集まって
来てくれるのです。俺たちはNPO等の団体ではあり
ません。国からの助成金を受けず、すべて個人ボラ
ンティアの身体と気持ちを持ち寄り、人としての誠
実な心、知恵、野良ボラの魂で作業を続けてきまし
た。

あたかも東北はもう復興したかのような、過去とな
っている感があります。しかし山元町には毎週末に
なると個人のボランティアが「居酒屋源さん・ボラ
ンティア本部」の旗の下に集まってくれています。

来週も、来月も、来年も、誰かのために、自分ので
きる事を続けていくこと。それだけ。
まだ、復興なんかしてない。終わってなんかいない。

******************************************

※ 今後の活動は『ほほえみ みやぎネット』
http://hohoemi-miyagi.jimdo.com
に引き継がれました。

【写真上】報告会の様子。
【中】ボランティア本部の前に設置された山元町立
東保育所犠牲者献花台。
【下】今年5月、インド・ナグプール郊外に建つ龍樹
菩薩大寺の本堂にて、上記保育所献花台に祀られ
ていた玩具を「日本国民の祈りの象徴」として供養
する佐々井秀嶺師。

三度目の春

三度目の春
三度目の春
三度目の春
東日本大震災から二年、被災地に三度目の春が来た。
「始めなければ、何も始まらない」
震災後、多くの日本人が実感したことだと思う。
情けないことに人は時として“なにをすればいいのか
分からないから”と、始めることをやめてしまう。
下手な考え休むに似たり、である。どれほど御大層な
理屈で繕って見せても、所詮は居眠りと同じだ。
遅過ぎることはない。感じて、立ち上がるなら、それが
すべての始まりとなる。

自然に感じればいい。幼い頃、目の前にる人が悲しい
顔をしていたら、自分まで悲しくなったはずだ。
きっかけはそれでいい。
共感力と想像力が行動を生むことは云うまでもない。
仏典が説くところの「衆生病むゆえに、菩薩病む」とは
理念や哲学ではなく、行動を指した言葉なのだ。

たいしたことはできない、それが当たり前だ。
親鸞はこう云った。
「悲しみの淵にいる人たちに対して偉そうな説教など
するな。ましてや、その悲嘆をいさめたりするな。
人間はそれほど立派に出来ていない。おのれ自身を
省みれば分かるはずだろう。その奸詐な本性を埋め
隠して、善意の賢者でも気取るつもりか?
むしろ酒でも勧めて笑わせるほうが、人間らしい」
(『口伝鈔』第十七、十八章。取意)
被災地の方々と御縁をいただいて、改めてこの言葉の
凄みを知った。

自然を感じればいい。春はみずからが立ち上がること
を躊躇うか?野の花が春の訪れを疑うか?
そんな単純な、と嘲笑う声もあろう。
だが、どんなに複雑な事柄も、最初の糸口は一つ。
そして大事なことほど両手を添えて一つに集中せなば
指の間からこぼれ落ちてしまうものだ。
ゆえに合掌とは、両手で取り組む真摯さの象徴である。
また真摯とは、自然の別名でもあるだろう。

三度目の春。自然に、真摯に、何かを始めよう。

【写真上】津波ですべてが流された被災地に咲いた花。
【中】JR常磐線山下駅跡。今は草が線路を覆う。
【下】宮城県亘理郡山元町立東保育所園児犠牲者の
献花台に奉建された、寄せ書き塔婆。

荘厳(しょうごん)

荘厳(しょうごん)
荘厳(しょうごん)
荘厳(しょうごん)
荘厳(しょうごん)。仏前を清め、飾ること…。
去る1月17日、1995年に阪神淡路大震災が起きた日、
宮城県の被災地、亘理郡山元町へ伺った。
こんな自分に何か出来るわけではない。ただひとつ、
被災地の方々と人間として正面から向き合うことしか
ない。大手中央メディアが報じなくなった今だからこそ
至近距離で体温を伝えること。看板だけの世界平和
より、いま目の前にいる人を笑顔にすることのほうが
性に合っている自分だ。
地元の復興団体『居酒屋源さんボランティア本部』

http://izakaya-gensan.seesaa.net/
にお願いし、貴重なお時間を割いていただいた。

【写真上・中】
既に解体作業が始まった山元町立東保育所の祭壇
は本部前へ移されている。先日も関西の保育関係者
の方々がはるばる献花に訪れたという。
ちいさきほとけたちは、雪に荘厳されていた。
【写真下】
常磐線山下駅近くの踏み切り。一昨年3月11日以来
ずっと“休止中”のまま。時間が止まっている。

夜、本部スタッフの皆さんと歓談&酒盛り。
源さんが愛器のギターを取り出した。こうなると拙の
芸人根性が炸裂☆もう止まらない。
自然に湧き上がってきた歌は、カルメン・マキ&OZの
名曲『空へ』。拙の今日までの人生の、様々な場面で
必ず舞い降りて来た曲だ。歌い終えると、
「この土地への供養ですね」
源さんが言った。はからずも伎芸天の随喜を賜ったと
いうことか。
やがて焼酎がまわるに連れ、トーク大暴走。
ROCK、特撮、『北斗の拳』…もちろん、シモネタ込み。

笑いの雪中花。それが拙の献花。

You Tube
〈佐々井秀嶺 東日本大震災慰霊行脚〉 (2011)

http://youtu.be/ngr9fBOxQiA

亘理の仏②

亘理の仏②
亘理の仏②
亘理の仏②
地元復興団体『居酒屋源さんボランティア本部』
http://izakaya-gensan.seesaa.net/
リーダーの源さんに案内していただき山元町近隣の
被災地を巡る。
車中つとめて何か語ろうとしても拙の喉元に浮かぶ
言葉は空虚な雑音にしか思えず、何度も飲み込む。
大手中央メディアが、まるで“無かったこと”のように
被災地の情況を報じなくなったこの一年八ヶ月後の
現在、東北を襲った津波の爪痕は、あくまでも深く、
生々しく刻まれている。それが“今”の真実なのだ。


【写真上】宮城から県境を越えた福島県の海。
堤防が破壊され、暮らしは一瞬にして失われた。
住宅地跡で手を合わせる源さん。拙はコンクリートの
土台に五体投地した。
【中】常磐線坂元駅跡に祀られた小さな五輪塔。
「震災直後は、線路が縄のようにホームの上に巻き
付いていました」
源さんの説明に息を呑む。その光景を想像するだけ
でも、たとえば被災地を離れた都市部で交わされる
凡百の屁理屈や妄想が、いかに“人として”みっとも
ないことか、判るはずだ。
【下】老人介護施設:梅香園跡。
ここへは源さんから同行の申し入れがあった。
拙自身昨年末まで介護問題当事者だったこともあり、
もちろん是非に、と案内をお願いした。
津波であまたの入所者と施設スタッフが亡くなられた
その場所に佇むと、不覚にも、我が老親の顔を思い
出してしまった。


その夜、ホルモン焼きをつつきながら焼酎をあおって、
源さんと語らう。…仏教にも造詣の深い源さん、
「僕は『般若心経』のあのところが好きなんですよね」
“心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想”
心に罣礙無く、罣礙無きがゆえに、恐怖あること無し。
一切の顛倒と夢想を遠離す。
まさに、被災地に生き、復興に邁進する人々の心。


拙は焼酎の勢いもあり、こう言った。
「あれってさ、“ビビってんじゃねえよ!”っていうこと
だよね。胸のカーテンを破っちまえ、つうかさぁ」
驚き、そして呆れ半分に笑いながら源さん、
「そんな説明、初めて聞きましたよ」


空即是色。生きるちから。必生。

亘理の仏①

亘理の仏①
亘理の仏①
亘理の仏①
「東保育所が解体される…」
知らせを聞いて居ても立ってもいられなくなった。
宮城県亘理郡山元町立東保育所。
昨年3月11日、津波で多くの幼い命が失われたこの
地は、今日まで地元の人々によって供養が勤められ、
去る6月にはインド仏教指導者佐々井秀嶺師も慰霊
に訪れた“小さきほとけの薗”である。
その節に御縁を授かった山元町の復興団体、
『居酒屋源さんボランティア本部』

http://izakaya-gensan.seesaa.net/
に早速連絡を取り、ご多忙の中、お時間を都合して
いただけることとなった。
解体される前にもう一度子供達にお参りしたい。
拙の単なる一方的な自己満足に過ぎないかも知れ
ない申出を、本部の方々は快く受け入れて下さった。

リーダーの通称「源さん」と、事務担当の方と三人で
東保育所を訪れる。
源さんは毎朝ここで線香を手向け、子供達の冥福を
祈っている。祭壇には“義足の禅僧”道順師が献納
した地蔵尊が祀られている。源さんが言った。
「なんか空気が明るくなってる気がしますね」
確かに佐々井師のお供で6月に訪れた時より《気》が
光明と温みを含んでいるように感じられる。あの日も
雲が低く垂れ込めていたが、何かが変わっている。
地蔵菩薩の大慈悲、そして“生きた地蔵”佐々井師の
お力によるものであろう。

読経一巻。
目に見えない子供達を思いながら声を張っていると、
なぜか一緒にお遊戯してるような心持ちになり、自然
にテンポが上がっていった。坊主としては失格だろう。
だが、子供達が笑ってくれたら、冥利に尽きる。
法要を終えて振り向くと、事務担当の方が、
「気持ち良くなっちゃいました」
そう言って下さった。

東保育所へ行く前、源さんに近隣の被災地を案内し
ていただいた。その道すがら、曇天の雲が龍の如く
蛇行している一角に、かすかな虹が見えた。
あれはきっと“小さきほとけの橋”だったのだろう。

【写真上・中】解体が決まった山元町立東保育所。
【下】インドの佐々井秀嶺師。

止まった時計

止まった時計
写真は、現在宿泊施設として利用されている東北
山間の小学校。玄関の大時計は昨年震災発生の
時刻、14時46分で止まったままだ。

拙の住まう首都圏で復興支援の話をすると、
「え?もう大丈夫なんじゃないの?」
といった反応に多く出くわす。
大手メディアが(恐らく政治的理由か)あたかも既に
復興は成ったかのような印象誘導をしているせい
であろう。例えば、某局朝の番組では、犬を連れた
歌手が“笑顔を届ける”と称し東北地方へも旅して
いるが、被災地の現状はまったく映されない。
そもそもこの番組コーナーは、昨年の段階で東北
を訪れてはいたが、津波を受けた沿岸部を避けて
いたように記憶する。
制作者や出演者側にそれなりの深い配慮があった
にせよ、ファンの方々には申し訳ないが、被災地に
いない“お茶の間”の視聴者らがどのような錯覚を
するか、容易に想像できよう。

地元局制作の朝の報道バラエティ番組では、今も
復興が進まぬ被災地の状況を伝えている。
仮設住宅のなか、被災後に購入した小さな仏壇に
手を合わせる老人。仏壇の上には、納めきれない
数の家族の写真。みんな津波で亡くなったのだ。
あるいは、郷土復興のため知力と体力を振り絞る
若者の姿や、半農半漁の生活が津波と風評被害
によって大打撃を受けながらも家族を守るために
“笑顔”を絶やさぬ逞しき東北の父・・・。
これが「今」なのである。首都圏の大手メディアが
垂れ流す浮ついた情報(?)とは、とても同じ日本と
思えぬ現実がそこにあるのだ。

仮設住宅を訪ねて、被災したお母さん方にお会い
することができた。
帰り際、佐々井秀嶺師著『必生 闘う仏教』(集英社
新書。拙編)を献呈させて頂いた。
いささか僭越か、との思いもあり、また仄聞するに
新興宗教団体が教線拡張のため布教本を配って
いるとの噂も耳にしていたので、正直、ためらいも
あった。だが、お母さん方はこちらの想像を絶する
悲しみと苦しみを抱えながらも、快く受け取ってくだ
さった。

住宅前の空き地で、子供達がボール遊びに興じて
いた。はしゃぐ声が東北の空に弾ける。
感傷が過ぎる、と言われるだろうが、そのとき拙は
以下のように感じた。

仮設住宅のお母さん方に、観音菩薩を見た。
子供達に、地蔵菩薩を見た。

より以前の記事一覧