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映画・テレビ

『BUDDHA』

『BUDDHA』
『BUDDHA』
『BUDDHA』
昨秋まで一年間インドの全国ネットZEETVにて
放送された大河ドラマ『BUDDHA』。
毎週日曜午前11時と同19時再放送という強力な
プッシュで、人間社会に今もなお続くさまざま
な矛盾、差別、因習に切り込んだ「問題作」。
いわゆる仏伝に見られる荒唐無稽な誇張表現を
理性的に削ぎ落とし、新解釈も加えつつ《人間
ブッダの物語》を現代によみがえらせた。特に
注目すべき点は、これまで添え物的な役回りに
過ぎなかった継母プラジャーパティの内面や、
紋切り型の悪役だった従兄デーヴァ・ダッタの
苦悩を、それぞれ心の襞に寄り添うように描き
出したことだ。


プラジャーパティは、亡姉マーヤーの後添えと
してシュッドーダナ王のもとへ嫁ぎ、姉の遺児
シッダールタ太子を立派に育て上げた。
ドラマでは、彼女に実子が出来なかった設定に
なっており、それはヒンドゥー教社会において
カーストの存続に貢献しなかった〈罪〉と見な
される。その後、太子は出家、王も逝去。
嫁のヤショーダラーからシッダールタのあとを
追って城を出たいと相談された夜、初めて積年
の思いを吐き出す。
「貴女には出家したとはいえ夫がいる、長男の
ラーフラもいる。家族がいるわ。でも私は独り
きり。姉の代理妻、そして代理母。私は今まで
ずっと独りぼっちだったのよ…」
彼女は《抑圧されし人々》の悲しみを背負い、
ブッダに女性の出家を嘆願(それまで尼僧は存在
しなかった)。許可を得て、歴史を変えた。


デーヴァ・ダッタは才気闊達な若武者だった。
傍流の子ながらも未来を嘱望されたデーヴァに
従弟が誕生、嫡流シッダールタ太子だ。その、
諸人を惹き付ける天賦の魅力はデーヴァにない
ものであり、学問や武芸においては互角以上で
あった。やがて二人は、同じ少女に恋をする。
才色兼備のヤショーダラー姫。
婚約を賭けた武術対決で勝利を確信した直後、
逆転の敗北。恋も人望も一瞬にして失い、生き
ながら地獄に落ちた。
「神よ!あんたは俺をいとこの〈咬ませ犬〉に
するため、この世に遣わしたのか!」
シッダールタがブッダとなった後、復讐の念を
抱えて弟子入り。暗殺計画をしくじり、瀕死の
重傷を負う。だがそれを手当てしたのはブッダ
だった。デーヴァは安らかに息を引き取る…。


さて、Buddhaは、ヒンディー語では「覚者」の
意味であると同時に、Yuddha(戦争)の反対語的
な響きをその音韻に湛えている。
差別と憎悪、対立の絶えない二十一世紀。
ドラマ製作者の願いはそこにあったのである。

〈総集編〉 https://youtu.be/bJNKjSAK4Ic
冒頭に広島への原爆投下が描かれる。

全話収録のスペシャルDVD box、インド国内で
近日発売予定。ぜひ日本でもオン・エアを!


【写真上】オープニング。向かって右上は舞姫
アンバパーリ、左下はアジャータシャトル王。
【中】尼僧許可を談判するプラジャーパティ。
【下】デーヴァ・ダッタの最期。

『風の靴』

『風の靴』
今回ご紹介するインド映画は昨年公開された
『Hawaa Hawaai』(仮邦題「風の靴」)。
ムンバイのスラムで母や祖母や幼い妹弟と暮
らす少数部族出身の少年アルジュンは、或る
晩たまたま高位カースト富裕層の子供たちが
インライン・スケートに興じる姿を目撃し、
その魅力の虜となる。
しかし家計を助けて紅茶屋で働くアルジュン
には手が届くはずもない高価なもの。そこで
四人の親友~クズ拾い・お針子・路上の供花
売り・工場の下働き~と計らい、スクラップ
を集めてスケートを自作する。とはいえ完成
しても滑り方がまったく分からない。
「教えてもらおうぜ!」
アルジュンは、高階級子弟にスケーティング
を指導しに来る富裕層の青年、通称ラッキー
に自分をアピール。ラッキーはアルジュンの
秘めた才能を見抜き、コーチを引き受ける。
だが、やがて二人の前にインド社会が抱える
様々な問題が立ちはだかる…。

この映画は世界で好評を博した『スタンリー
のお弁当箱』の製作陣&キャストがふたたび
送り出した〈小さき者への愛〉の物語。
インド貧困層の暮らしを子供目線のカメラで
ドキュメンタリー調に描き、冷酷な貧富の差
や就学の格差を、むしろ淡々と映し出す。

ラッキー青年は、自身が裕福で飢えた経験も
ないため、指導に熱が入り過ぎ、大会を目前
にしてアルジュンを過労と栄養失調に追い込
んでしまう。診察した小児科医はアルジュン
の母親を叱責する。
「ちゃんと食べさせてるの?それにこの子を
働かせてるでしょ。児童の労働は禁止されて
いるのよっ!」

貧困層を代表する五少年の役柄はインド社会
の暗部を象徴している。
少数部族、クズ拾い、お針子、工場の下働き
そして路上の供花売り。彼らはみな、被抑圧
階級(Dalit)、いわゆる「不可触民」である。
これらの伏線を踏まえると、ストーリーに花
を添える美女の役名:プラギャナンダに含意
すら読み取れる。その名はサンスクリットで
プラジュニャーナンダー、般若難陀=智幸。
インド映画のヒロインとしては少々珍しい、
あたかも仏教の尼僧のような名。
現代インドを底辺から改革する動きに仏教が
深く関わっていることは、周知の通りだ。

さて、原題『Hawaa Hawaai』について。
これはかつて、ボンベイの路上生活の少年を
描いた不朽の名作『Salaam!BOMBAY』に
引用された、娯楽映画の劇中歌タイトル。
英語字幕では「ハワーハワーイ」を「Flying
Wheels」と訳していたが実は名作に捧げた
オマージュだったのである。
本作は歌も踊りもない映画だが、ラストまで
一気に引っ張られる。ぜひ日本公開を!

ラッキーは貧困層の現実を目の当たりにして
徹底的に思い知らされる。
「まず食事、次に教育を受けることなんだ。
この大事なことの先に、子供の夢は叶う」
富裕層、いや、先進国では当たり前のことが
当たり前でない子供達が、現実にいる。
そして本作の副題はこう記す。
「Kuch sapne sone nahin dene…」
(幾つかの夢は、眠らずに…)

※『Hawaa Hawaai』劇場用予告編

https://youtu.be/L8WEqUvoJw4
不朽の名作『Salaam!BOMBAY』予告編
https://youtu.be/XYciGm4tziI
娯楽映画のアイテム曲「Hawaa Hawaai」
https://youtu.be/y_FPWx0iRxE

『MARY KOM』

『MARY KOM』
これは現代女性が起こした奇跡の物語。
ロンドン五輪女子ボクシングで銅メダルを勝ち
獲ったインド代表選手、メアリー・コム。
片仮名表記の限界を承知の上で書くなら、本名
マンテ・チュンネイジャン・コム。
インド北東部マニプール州出身のモンゴロイド
系民族で、二人の男児を持つママさん選手。

http://en.m.wikipedia.org/wiki/Mary_Kom
人々は彼女をこう呼ぶ。
「Magnificent Mary」(輝ける聖母)

実伝はウィキに委せるとして、拙はこの映画に
讃辞を惜しまない。全てが揃っている、と。
スポーツ映画らしい物語展開の要素(不撓不屈の
主人公、恩師との邂逅、好敵手登場 etc.)、女性
映画に必要な視点、ラブストーリーには欠かせ
ないお約束、そしてキャッチーな主題歌…。
何より驚くべきは、この作品が現在も活躍する
実在の人物を、事実に基づいて描いている点。
しかも主人公を演じる「ミスワールド優勝者」
プリヤンカー・チョプラは、ほとんど吹き替え
無しの体当たり!でそれに挑戦しているのだ。
また、メアリーが自宅で友人に手料理を御馳走
する場面〈床に胡座をかいてすわり手でムシャ
ムシャ食べる〉のリアリティは、インド庶民の
暮らしが自然に、いっさい美化されること無く
アート・フィルム的タッチで表現されている。

さて、彼女はなぜ「メアリー」なのか?
ウィキにも、カトリックの学校で学んだことが

記されているが、北東部モンゴロイド系民族は
ヒンドゥー教の原則ではアーディヴァースィー
(非アーリアンの少数部族)としてカースト制の
最下層に置かれることが少なくない。
被抑圧階級が差別解放を求め、平等を説くキリ
スト教やイスラム教、あるいは仏教に改宗して
いるのがインド社会の現実なのである。

メアリーが一方的に進めた試合が審判員の人種
差別による不正判定で負けにされた時、
「あたしがっ…マニプール人だからでしょ!」
と、社会の暗部を真っ向から告発している。
モンゴロイド系、つまり非アーリアンに対する
ヘイトクライムは近年インドの都市部で増加の
傾向にある。経済発展がもたらした格差が中間
層以下の生活を直撃し、その不満にヒンドゥー
教のカースト制におけるヴァルナ(肌の色)思想
が加わり、北東部からの出稼ぎ者に対する偏見
を捌け口として、弱い者が更に弱い者を叩くと
いった様相を呈しているのである。

…余談だが、首都デリーでモンゴロイド青年が
ヘイトクライムによって惨殺され、また一方で
この映画の製作が進行していたまさにその時、
モンゴロイドの国:日本では、ネットを中心に
アーリアンのイケメンを韓流よろしく持て囃す
「インド男子ブーム」が仕掛けられていた。
実になんとも情けない話ではある。


『Mary Kom』。この作品はアジア映画の良心
である。是非とも日本での全国公開を望む。

※YouTube動画
【Mary Kom - Official Trailer 】

http://youtu.be/OxsKcx1IwI8
【Mary Kom - Biography】
http://youtu.be/O4Xpk5tDpxU

輪廻と虫ケラ

輪廻と虫ケラ
今回紹介するインド映画は昨秋日本でも公開
されたアクション・コメディ『マッキー』。
恋人を悪漢から守りたい一心で転生を願った
青年がハエに生まれ変わって大暴れ、という
痛快娯楽作品だ。
日本公開時にはキワモノ的な扱いであったが、
輪廻思想の御本家インドならではの生命観に
基づいた物語作りと最先端のCG映像は必見。
そして何より、小さくか弱き者への愛に満ち
た生命讃歌(もちろん汚物コミの)が心を打つ。

【あらすじ】
イベントの花火サービス業を営む青年ジャニ
は美しい娘ビンドゥに首ったけ。一途な恋が
実を結んだ矢先、富豪のスディープが横恋慕。
袋叩きの目に遭わされながらも、
「彼女に近付いたら…あんたを殺す」
その言葉も虚しく青年は惨殺されてしまう。
だが彼のアートマ(魂)は側のドブ川に浮かぶ
ウジ虫に入り、ハエとして転生!復讐の幕が
切って落とされた…。

さて物語の背景にはヒンドゥー教の霊魂観と
輪廻思想がある。
アートマ(魂)は常住であり輪廻の繋縛を離れ
ることは出来ないという教義。これを否定し、
解脱を説いたのがブッダであるが、一旦おく。
日本人の楽天的な「生まれ変わり」幻想では
前世も来世も人類だと勝手に思い込まれてる
フシがあるが、本家本元の輪廻思想はそんな
生易しいものではない。
四姓カーストのうち転生可能な階級は上から
三番目まで、四番目以下は転生ではなくただ
“虫のようにわいてくる”とされる。人間で
あるにも関わらずだ。その被抑圧階級(Dalit)
がブッダの教えを奉じて、ヒンドゥー教から
仏教へ改宗しているのが現代インドである。

映画『マッキー』では、ハエに転生した青年
を調伏すべく呪術(タントラ)師も登場、鳥の
魂を操ってハエを喰らおうとするが逆に撃退
されてしまう。迷信や教条がハエに敗北する、
という強烈な皮肉になっている。
インドの近代化を支えるのは、まさにこの
「底辺からの視線」
なのである。しかも、ハエだけに複眼視線。

また、主題歌の詞には“マッキー(ハエ)”と
韻を踏んで“ナラッキー”と歌われる。これ
は日本語化したサンスクリット語「奈落」を
人格化した駄洒落。ナラクは地獄の原語だが、
歌舞伎では舞台の地下を意味する。奇しくも
スディープ役の声を吹き替えた中村獅童氏は
歌舞伎界の人。

もちろんそんなディテールに注目しなくても
充分に楽しめるエンターテインメント作品。
文字どおり「五月蝿」の季節、レンタル店で
見つけたら是非とも御覧ください。
ラストのドンデン返し、ジャニの魂がハエの
次に転生したのは一体…?!

【第25回東京国際映画祭正式出品作品】

『DAMINI』

『DAMINI』
今回紹介する映画は93年のボリウッド大ヒット作、
『DAMINI』(ダミニー。「雷鳴」)
主演女優:ミーナークシ・シェシャドリー。
この旧作が、昨年末インドで再び注目されるように
なった。理由は12月の16日、首都デリーで23才の
女性がバスの中で集団暴行を受け、重傷を負わさ
れたのちに死亡した事件。犯人達は暴行後彼女を
車内から投げ捨てて、遺棄した。
これらの経緯が本作品で描かれた展開に酷似して
いたからである。

【あらすじ】
庶民階級の娘ダミニーは財閥の御曹司に見初めら
れ結婚。慣れない上流社会に戸惑いながらも持ち
前の素直さと夫の愛に支えられて幸せに暮らす。
下女のウルミーは自分を差別しない“若奥様”を姉
のように慕う。
そんな或る年の春祭り、騒ぎに紛れて義弟と不良
仲間がウルミーを集団で暴行する。現場に駆け付
けたダミニーだが時既に遅く、義弟らはウルミーを
車で連れ去り、路上へ放棄する。
家名を重んじ世間体を憚り、カースト差別もあって
なにごとも無かったことにしようとする舅・姑と夫。
ウルミーは病院内で不審死を遂げる。
その日から、ダミニーの孤独な闘いが始まった…。

全編はYou Tubeでご鑑賞頂くとして、お気付きの
ように昨年12月の凄惨な事件とあまりにもよく似て
いる。そして、インド民衆が本作に改めて注目した
のは主人公ダミニーが傷つきながらも弱者の為に
闘い、愛と真実を取り戻す物語だからだ。

にも関わらず、いや昨年末の事件が世界的に報道
されるよりもはるか昔から、インドには、
《数知れぬウルミー》
がいた。またデリー事件後、全インドで
「Hang the RAPIST!」「Stop this SHAME!」
の声が湧き起こり、婦女暴行に対する刑法が改正
されたが、その間もウルミーの悲劇は繰り返され、
今年8月ムンバイでは女性報道写真家が集団暴行
される事件が起きた。
各方面でいかに女性の安全を守るかが論じられ、
タミル・ナードゥ州では大学構内の女学生に「ドレス
コード」導入が検討され、デリー大学では女子学生
の研究旅行にスカートやショートパンツ、露出度の
高いシャツ等の着用が禁止された。
またメディアでは試論として、公共の場所における
女性を対象としたドレスコードの必要性についても
論じられた。これが、今現在のブッダの国、である。

インドについて幻想を抱くのは自由だ。
だがそれを、ファンタジーだけで終始させるのなら、
数知れぬウルミーたちを見捨てることになる。
「インドに呼ばれて…云々」
この言葉、CHOSEN PEOPLE(選民)思想に通じる。
ヨバレはエラバレの意識が“神秘の仮面”を被った
だけであろう。その所為かは知らないが、ヨバレに
陶酔する向きほど、カースト制度などインド社会の
現実に“見ざる言わざる聞かざる”を決め込むこと
が多いように思う。ヨバレ・エラバレという、いわば
上位カースト意識なのだろう。


映画『ダミニー』は、呼ばれざる者の物語である。

※追記
 本年9月13日現地時間14時30分デリーの
サケート裁判所は昨年12月の集団婦女暴行殺人
四被告(逮捕者六名。一人は未成年のため少年法
適用。もう一人は拘置所内で自殺)に対し極刑判決
を下した。
《ニュース動画》
 http://youtu.be/2kjzEN0jiaU

地獄マンダラ?

地獄マンダラ?
シャールク・カーン(Shahrukh Khan)。
近年立て続けに主演作『ラ・ワン』や『恋する輪廻』、
『命ある限り』等が日本公開されているボリウッドを
代表するスーパースター。
その彼が、かつて日本で全国上映された作品中で
最低最悪のストーカーを演じていたことは知る人ぞ
知る事実。それでも妙に憎めないキャラに仕上げて
いたのは、やはり天才!S.R.K.であった。

今回紹介するのは、原題「Anjaam」(1994年)。
『地獄曼陀羅 アシュラ ~ 女・神・発・狂。』
ヒロインは演技派女優マードゥリー・ディークシト。
サスペンス・ホラーの怪作だ。
おそらく現在まで、そして将来もこれを越える邦題は
現れないだろう…、最凶という意味で。
上の写真は、日本盤DVDのジャケットだが、当時は
これが街頭ポスターとして日本のあちこちに貼られ
ていたのだ。ほとんどトラウマ・レベルである。

【あらすじ】
シャールクが演じるヴィジャイ・ニホートリは資産家の
御曹司。金でなんでも買えると信じている。
(※注 ここでS.R.K.の出世作『BAAZIGAR』での彼の
役名:ヴィッキー・マルホートラと語感や所属階級が
揃えてある、というネタ振りに“ニヤリ”と来なければ
ならないのである。インド的に)
ヴィジャイは飛行機内でシヴァニー(マードゥリー)と
出会い一目惚れ。金の力で口説こうとするが、彼女
には相思相愛の相手がおり、ほどなく幸せな結婚。
逆上した彼は狂気のストーカーとなり彼女の周囲の
あらゆるものを破壊していく。夫の命までも。
そしてその罪をシヴァニーに着せ、彼女は逮捕投獄
される。「助けてやるぞ」と面会に訪れたヴィジャイを
シヴァニーは罵倒。そして…。

もうとにかく“これでもか”の展開、ノンストップ。
美女でダンスの名手であるマードゥリーが、
①競馬狂いの叔父がシヴァニーからお金を奪おうと
したら腕に噛みついて肉を食いちぎりルピー札を口
に突っ込んで窒息死させる。
②悪徳刑事に追い詰められると逆襲に転じ紅蓮の炎
のなか逃げ惑う刑事を情け容赦なくメッタ斬り。
等々、いま改めて見ると、いわゆる黒歴史?と心配に
なるほどだ。DVDジャケットの裏には当時試写を見た
日本の芸能人のコメントが載っているが、
「まちがって氷をまる飲みしてしまったような気持ちの
悪さでした」(西◯知美)

…え~と、まぁ、そういうことだ。
初期シャールク作品の定番で、この映画でもラストに
彼の演じる男は死ぬが、G.ONEのような全自動復活
機能搭載のストーカーじゃなくて、よかった(笑)。

インド公開当時ヒットした劇中歌。
「Badi Mushkil Hai」

https://www.youtube.com/watch?v=aFgnLiYFvvw&feature=youtube_gdata_player
「Chane Ke Khet Mein」
https://www.youtube.com/watch?v=cZ8ox5mrj_E&feature=youtube_gdata_player

『ASOKA 』

『ASOKA 』
ここに紹介するインド映画は、今年日本で公開され
評判を呼んだ『RA.ONE』のコンビ、Shahrukh Khanと
Kareena Kapoor共演による古代史スペクタクル巨編、
『ASOKA』 (2001年)。
インドに仏教を弘め、やがて世界宗教となる最初の
きっかけを作ったマウリヤ朝皇帝アショーカ(阿育王)
の若き日を、史伝をもとに、時代を超えた人間ドラマ
として描き出した長編大作だ。
カメラマン出身の監督Santosh Sivanは随所に近代
アートを想起させる映像を織り込み、また戦闘場面
ではインド古式武術のカラリパヤットゥを殺陣に取り
入れるなど、細部にこだわった演出をしている。
実質的な興行成績において、インド本国では国民の
歴史先入観が障りとなり、残念な結果に終わったが、
アメリカやヨーロッパ諸国では高い評価を受けた。
これについて主演のシャールク曰わく、
「ASHOKAの“H”をタイトルから抜いたのは、History
とは違うんだ、って意味なのさ」

【あらすじ】
次代を嘱された王子アショーク(ヒンディー語発音)は、
敵勢力を片端から葬り去り、版図を拡大していった。
しかし後継者争いのいざこざから故国マガダを出奔、
カリンガ国へと辿り着く。王女カウルワキ(カリーナ)と
出会い、二人は結婚する。幼帝アーリヤは彼を兄の
ごとく慕い、共に暮らすが、ある日マガダから使者が
来てアショークはカリンガを去る。
その後カリンガでは幼帝を排して権力を握らんとする
輩がカウルワキとアーリヤの抹殺を企てるが村人が
身代わりとなって未遂に終わる。カリンガ異変の報に
急遽駆け付けたアショークは彼女が死んだと思い込
まされる。失意の中ウッジャイニ国との戦争に赴いた
彼は、深手を追って、仏教寺院へ担ぎ込まれる。
心優しい娘デヴィの看護により快復したアショークは、
彼女と結ばれる。だが新妻をマガダへ連れて帰ると、
大王チャンドラグプタは、にべもなく吐き捨てた。
「仏教徒の娘など家族にできない」
愛する母の死、大王の崩御…。アショークは覇道の
鬼となって、天下統一を目指す。
最後まで抵抗したのはカリンガ。老人や女子供まで
武器を手に降伏を拒む。アショークは大軍を率いて
殲滅戦に乗り出す。カリンガ勢を指揮するのは生き
延びたカウルワキ王女。あまりにも残酷な運命。
圧倒的な兵力差。マガダ軍の大勝。
屍累々たる戦場でアショークとカウルワキは再会。
アーリヤも物陰から姿を現す。
「もうどこへも行かない?お伽話の続きしてくれる?」
ああ、行くもんか。答えたアショークの前で、アーリヤ
は倒れる。幼い背中には無数の矢が刺さっていた。
…アショークは武器を捨て、慈愛と平和と非暴力の
仏教精神による治世を宣言する。

これほどの名作が“仏教国”日本で知られていない
のは文化的損失と考え、ボリウッド・ブームの昨今、
あえて旧作を取り上げた次第。
歌とダンスは以下のURLをご覧いただきたい。
「San Sanana」

http://youtu.be/GLorpw5EmUc
「O Re Kanchi」
http://youtu.be/2CBOURTJqbo

銀幕菩薩道

銀幕菩薩道
「そうだなあ、私はアニル・カプールが好きだな」
…或る日、佐々井秀嶺師の居室にて。
師は若いころヒンディー語を労働者と一緒に汗を
流しながら学んだという。
アンタはどうやって覚えたんだ?と聞かれた拙が、
ボリウッド映画で、と答えた時、佐々井師が上記
の俳優の名を挙げた。
アニル主演作は過去に日本でも公開されており、
また近年では米TVドラマ『24』にも出演している。
もちろん佐々井師はそんなことは知らない。インド
民衆と同じ目の高さで、お気に入り、なのだ。
「彼の芝居は迫力が違うからなあ」

そこへひとりのおばちゃんが入って来た。
映画の話題と知ると、いきなり歌をうたい始めた。
アニル主演の旧作『TEZAAB』の挿入歌だ。
「Ek Do Tin (1, 2, 3)」

https://www.youtube.com/watch?v=iwycoX_aHmc&feature=youtube_gdata_player
佐々井師は日本語で拙に言った。
「この人はな、むかし続けて七人も家族や子供を
亡くした。それでちょっと心の病気になり、親戚が
私のとこへ連れてきた。祈祷で治してくれ、という
わけだが、私は拝み屋じゃない。気が済むように
祈ってやった後、
“彼女の好きなものはなんだ?”
と聞くと、映画だ、と。だからこう言ったんだ。
“今日からなんでもいいからボリウッド映画を毎日
見させろ。お金がなくなったら私が出してやる”
本人にはこう言った。
“とにかく毎日映画を見て、歌と物語を覚え、私に
教えなさい。そのあとまた祈ってやるから”
何百本見たのか知らないが、すっかり快くなった。
今でも映画好きだけは治らないがね」
これに医学的根拠があるのか拙には分からない。
だが、民衆の心のヒダに深く分け入り、泣き笑いを
共にしてきた佐々井師ならではの妙案だろう。

さておばちゃん、自分のことを語られているのだが、
歌を誉められたと勘違いして、ますますノリノリ。
とうとうリクエストまで要求してきた。
ようし、最近のなら知らないだろう。と意地悪な気を
起こした拙は、2012年のアクション映画『TEZZ』の
中から哀愁のメロディー「Tere Bina」を。

https://www.youtube.com/watch?v=b61PBSjvx7o&feature=youtube_gdata_player

おばちゃん、見事カンペキに歌いきった。
…降参です。m(_ _)m

※写真は『1942 A LOVE STORY』DVDジャケット。
主演:アニル・カプール、マニーシャ・コイララ。
インド独立前夜のヒマラヤ中腹の町を舞台に描く
愛の名作。

『BANDIT QUEEN 』

『BANDIT QUEEN<br />
 』
インド映画『BANDIT QUEEN』(1994年)。
監督シェーカル・カプール、主演シーマ・ビシュワス。
実在した女盗賊プーラン・デヴィの数奇なる半生を
実話に基づいて描いた問題作。
製作発表段階から各方面で物議を醸し、完成後は
あまりにも生々しいレイプ場面やカースト差別描写
を理由に、インド国内での公開が見送られた。
しかし海外で大きな話題を呼び、またプーラン個人
への高い関心をも惹き起こした。

【あらすじ】
被抑圧階級のマッラ(ガンガー流域で船頭や荷物
運び等に従事するカースト)の娘として生を受けた
プーランは、インドの弊習で幼児婚をさせられる。
20才以上年の離れた夫は、初潮前の彼女を犯す。
虐待を逃れ、荒野に飛び込んだ彼女は、野生児の
ごとくひとりで成長する。たまたま山賊団に拾われ、
そこで同じマッラ階級の青年ヴィクラムと出会う。
プーランとヴィクラムは裕福な上位階級を襲撃して
盗品を下層民衆に与える“義賊”となる。
愛し合うふたりが初めて結ばれるとき、彼女は彼を
何度も殴打した。幼い頃から性的暴行を受け続け
てきたプーランは、行為の前にはそうするものだと
思い込まされてきたのだった。
裏切りによってヴィクラムは暗殺され、上位階級の
村に連行されて男達から辱めを受けたプーランは、
復讐の鬼女となる。殺戮を繰り返す一方で、義賊
として働く彼女を、被差別民衆はいつしか「荒ぶる
女神」として崇めるようになる。
だが警察が次々と手下を射殺し、長い逃亡生活の
末、遂に力尽きたプーランは投降する。
投降式。見せしめのために設けられた舞台の上で
警察長官に平伏する彼女を、民衆の歓呼が包む。
「プーラン・デヴィ万歳!」

映画はこのシーンで終わる。
実際の彼女は、収監後、人権団体による減刑嘆願
運動が起こり出所。その後、政界入りを目指す。
また同じ頃ヒンドゥー教から仏教へ改宗。
2001年7月デリーの自宅前で復讐の銃弾に倒れる。
享年38歳。

今回、なぜこの旧作をあえて取り上げたか。
近年インドの急速な経済成長を受け、政治絡みで
煽られる“インド・ブーム”に、些かの違和感を禁じ
得ないからだ。本作に描かれる世界は過去のもの
ではない。今もってインドの素顔なのである。
神秘と瞑想、悠久の大地…。プーランを生き地獄へ
突き落としたものが、そこにある。

歴史の光と陰

光と陰
今回も日本未公開のインド映画を取り上げる。
『GANDHI my father』
ガンディーの息子ハリラルを主人公に“建国の父”
と呼ばれる偉大な人物を実父に持った男の転落
の人生を描いた問題作。
リード文の「One family's tragedy was price of a
nation's freedom 」が泣かせる。
ハリラルは父を愛するが故に、普通の人間でしか
ない自分を責め苛む。父ガンディーは逆に普通の
父親でいられなかった。周囲の期待は「あの方の
息子!」とハリラルに重過ぎる荷を負わせ、遂に
その人格を破綻に追い込む。
権力闘争に利用され宗教コミュニティに翻弄され、
一時期イスラム教に改宗してまたヒンドゥー教に
戻り、挙げ句は酒で体を壊して、最期には施設で
孤独のうちに亡くなったハリラル・ガンディー。
死亡を確認した医師が言った。
「大人物と同じ苗字だな・・・」

父、モハンダース・カラムチャンド・ガンディー。
痩せこけた体に木綿の粗衣をまとい、計算し尽く
された話術で後世の『名言集』編者に糧を提供し
続ける“マハートマ(偉大な魂)”。
インドの知識人階層なら日常の茶飲み話で使う
程度の格言風な物言いも、彼のカリスマ性により
見違えるほど光輝を増す。代名詞ともなった例の
断食による政治戦略も、喰うに困らない富裕層を
支持者に持った「決死の」断食であった。

さてこの度、比較のためハリウッド版『GANDHI』を
改めて見てみた。
リチャード・アッテンボロー監督作品で、第55回の
アカデミー賞を9部門受賞した長編大作。
しかし、あまりにも創作が過ぎ、またガンディーと
立場を異にしながらインド独立に尽力した偉人達
(アンベードカルやチャンドラ・ボース)を登場させ
ない等、インド公開の際には暴動が起きたという
曰く付きの作品だ。中でも甚だしきは“不可触民”
階級の選挙権を保護する分離選挙制導入に関し
(前回記事参照)、アンベードカルと対立した彼が
上位カーストの世論に訴えるべく行なった(つまり
身分差別を温存するための)断食が、なんとこの
アカデミー受賞作では、ヒンドゥー教徒とイスラム
教徒の対立を諫めた善行にすり替えられている。

虚像が放つ光は、悲劇の影を深くする。